(2012.05.10)秘密保全法制に反対する会長声明

          秘密保全法制に反対する会長声明

平成23年8月8日,秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議は,「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」を発表し,政府における情報保全に関する検討委員会は,同報告書に基づき法案化作業を進めている。
しかし,同報告書が整備を求める秘密保全法制(以下「当該秘密保全法制」という。)は,以下に述べるとおり,立法を必要とする理由を欠くものであり,また,国民主権原理から要請される知る権利などの憲法上重要な諸原理と正面から衝突するものであるから,当会は,その制定に強く反対する。
1 当該秘密保全法制は,いわゆる尖閣沖漁船衝突事件に係る情報漏えいを契機とし,その内容は,「特別秘密」に指定された情報の公開を制限するとともに,その実効性を担保するために,新たに刑罰や適性評価制度と称する人的管理制度を創設するものである。
しかし,上記事件で問題となった情報は本来国民に公開すべきものであるし,ネットワークを通じた流出の原因も当該映像に対する物的管理が不十分であったことにあるから,上記事件は新たな法整備や人的管理の必要性を基礎づけるものではない。また,自衛隊法,日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法,国家公務員法等の現行法制及び運用実態に照らせば,新たな犯罪類型の法定や厳罰化の必要もない。
このように,当該秘密保全法制は,そもそも立法を必要とする理由を欠くものと言わざるを得ない。
2 当該秘密保全法制の中核は,行政機関が,(1)国の安全,(2)外交,(3)公共の安全及び秩序の維持に関する分野で「特別秘密」に指定した情報の公開を制限することである。
しかし,規制の鍵となる「特別秘密」の定義自体が広範かつ不明確である。また,その指定権者は「特別秘密」を作成・取得する行政機関とされており,指定の適法性を事後的に検証する仕組みもない。
したがって,時の政府が,恣意的に指定権を行使して本来国民が知るべき情報を隠す懸念が極めて大きく,国民にはこのような運用の有無を検証し是正する機会が与えられていない。その結果,国民主権原理の要請でもある「知る権利」が不当に制約されることになる。
3 当該秘密保全法制は,その実効性を担保するため,特別秘密の故意の漏洩行為,過失の漏洩行為,特定取得行為,未遂行為,共謀行為,独立教唆行為,扇動行為を処罰対象とする。
しかし,保護対象である「特別秘密」概念自体が過度に広範かつ不明確であることに加え,過失の漏洩行為,共謀行為,独立教唆行為及び扇動行為という各行為の外延も不明確であるため,犯罪構成要件が極めて曖昧であり,罪刑法定主義と行為責任主義という憲法上の要請や近代刑法の基本原理に反する。
また,当該秘密保全法制の犯罪構成要件は極めて曖昧であって,報道機関は,取材活動が特定取得行為等として処罰対象となるか否かを予測できない。
さらに,その法定刑の上限は懲役5年又は10年とされているため,同法制が,報道機関の取材の自由に及ぼす萎縮効果は図りしれない。また,「特別秘密」の対象には民間事業者や大学等が作成・取得するものも含まれているところ,科学技術や重要な政策に関する自由な発言・批判も萎縮させられる危険があるといわざるをえない。
このように,当該秘密保全法制は,民主主義を支える取材・報道の自由を始めとする表現の自由等国民に保障された憲法上の諸権利を不当に制約するものである。
4 当該秘密保全法制は,特別秘密の管理を徹底するためとして,「特別秘密」の取扱者となりうるものを対象とした適性評価を実施するための事前調査と評価の制度を導入しようとしている。
しかし,調査対象者には配偶者など家族が含まれており,極めて広範になるとともに,調査事項も対象者のプライバシーに関わる情報や,運用次第では私人としての活動全般にまで及ぶおそれもあり,調査方法も第三者機関への照会まで含んでおり,調査対象者が関係していた私的な団体にまで調査が行われる危険がある。
したがって,適性評価調査は,調査対象者のプライバシーの権利を侵害するほか,調査を口実に思想調査が行われ,思想信条の自由が侵害される危険性が極めて高いなど,人権保障上看過し難い問題をはらんでいる。
5 当該秘密保全法制に違反して起訴された場合,その国家秘密が公開の法廷で公開されればそれはたちどころに秘密ではなくなることから無意味であるし,逆に,特別秘密が非公開のまま裁判が進行すれば,憲法に定められた公開原則に違反し,さらには被告人・弁護人の防御権行使を困難なものとさせ,裁判を受ける権利を侵害することになる。

  以上のとおり,当会は,当該秘密保全法制の制定に対して強く反対するものである。

2012(平成24)年5月10日
岡山弁護士会
会長 火 矢 悦 治

この記事の作成者