東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の消滅時効につき特別の立法措置を求める会長声明
東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の消滅時効につき
特別の立法措置を求める会長声明
1 2011年(平成23年)3月11日に、東京電力株式会社(以下、「東京電力」という。)の福島第一原子力発電所において事故(以下、「本件原発事故」という。)が発生してから、すでに2年3か月が経過した。
本件原発事故に伴う被害は、極めて深刻かつ広範であり、いまだその全容も明らかでない。福島県の県内外への避難者だけでも15万人以上とされ、現在も被害が継続している状況にある。ここ岡山県においても、東日本大震災に伴う避難者が約1000人に上り、そのうちの多くの方々が本件原発事故による避難者(被害者)であると推測され、東京電力福島第一原子力発電所から遠く離れた岡山県でも被害者の権利救済が重要な問題となっている。
そのような状況の中、本件原発事故による被害者については民法724条前段が適用され、本件原発事故から3年後である2014年(平成26年)3月10日の経過をもって、損害賠償請求権が時効により消滅するおそれがある。
しかしながら、いまだ避難生活を余儀なくされている被害者も多く、不安定な生活が続く中で、全ての被害者が自らの損害を把握し、その賠償を受けられるようになるには、さらなる時間が必要なのであって、残りわずか9か月ほどの間に対応しうるものでは決してない。被害者の多くがいまだ権利行使が困難な状況にあるにもかかわらず、消滅時効によって損害賠償請求権を行使することができなくなるといった事態が生じることは著しく正義に反し、絶対に避けなければならない。
2 この消滅時効に関し、東京電力は、本年2月に公表した見解において、(1)時効の起算点を東京電力が各損害項目の賠償請求の受付を開始した時とし、(2)東京電力の被害者に対する請求書等の送付が時効中断事由に当たるとし、(3)これらに該当しない被害者についても、時効の完成をもって一律に賠償請求を断ることはせず柔軟に対応する、などの考え方を示している。
しかしながら、この見解は、加害者である東京電力が対象としている被害者のみ時効の成立を多少先送りするだけにすぎず、それ以外の者については消滅時効が成立することを否定していないことから、何ら問題の根本的解決になっていない。
3 また、政府はこの問題の解決策として、「東日本大震災にかかる原子力損害賠償紛争についての原子力損害賠償紛争審査会による和解仲介手続の利用に係る時効の中断の特例に関する法律案」を今国会に提出し、同法案は、本年5月29日、参議院本会議で可決され、成立した。
その内容は、政府が設置した裁判外紛争解決手段である原子力損害賠償紛争解決センターへの和解仲介申立てに時効中断効を付与し、和解が成立しなかった場合でも手続打切りの通知を受けた日から1か月以内に裁判所に訴えを提起すれば、和解仲介の申立ての時に訴えの提起があったものとみなすというものである。
しかしながら、同センターに和解仲介手続の申立てをした被害者は、平成24年末時点でわずか1万3030名にすぎず、被害者のうちごく一部に限られている現状からすれば、上記特例法が、実質的に被害者の救済に結びつくものとは到底いえない。
加えて、同センターの手続では、現時点において審理期間の遅延など、必ずしも適正、迅速な紛争解決が期待できない状況にあり、それにもかかわらず被害者に同センターへの和解仲介申立てを強いる結果となりかねないことも妥当でない。この特例法が問題の抜本的解決とはならないことは明らかである。
4 これらの状況を踏まえ、本年5月28日に開かれた参議院文教科学委員会において、上記特例法案に対する附帯決議が全会一致で可決された。その内容は、本件原発事故の被害の特性に鑑み、その賠償請求権については、「全ての被害者が十分な期間にわたり賠償請求権の行使が可能となるよう、平成25年度中に短期消滅時効及び消滅時効・除斥期間に関して、法的措置の検討を含む必要な措置を講じること」(第1項)というものである。
この附帯決議の内容は、具体的な期限を区切って全ての被害者に対する救済措置を図るよう求めている点で評価できる。このような抜本的な解決策が求められているのである。
5 よって、当会は、国に対し、上記附帯決議の趣旨に基づき、本件原発事故の被害者の損害賠償請求権に関して、まずは民法724条前段に定める3年の消滅時効を適用しないこととする特別の立法措置を速やかに講じるよう強く求める。
2013年(平成25年)6月12日
岡山弁護士会
会長 近 藤 幸 夫