過疎地公共交通支援に関する意見書

過疎地公共交通支援に関する意見書

第1 過疎地公共交通支援の必要性
現代社会において,道路網の整備と自動車の普及により,人々は自動車でいつでもどこへでも行くことが可能となり,一家に数台の自動車を保有することも稀ではなくなって,移動の利便性の高い生活を享受してきた。
それに伴い,過疎地(注1)においては,バスなどの公共交通の利用者が減少し,路線が廃止されたり便数が減少するなど,公共交通が衰退しつつあり,公的な支援なしでは維持できなくなっている。
(注1 「過疎地」という言葉は,1966年の経済審議会地域部会報告では,「人口減少の結果,人口密度が低下し,年齢構成の老齢化が進み,従来の生活パターンの維持が困難となりつつある地域」と定義されているが,近時ではむしろ一般語として用いられている。この提言書では,「人口が減少し,公共交通が公的支援なしでは維持できない状態になっている地域」という意味で用いた。
しかしながら,自動車の運転が困難となった高齢者,障害者,自動車の運転ができない子ども,自動車を保有していない人,などにとっては,バス等の公共交通が唯一の交通手段であり,その唯一の交通手段がなくなれば,買い物や病院への通院,学校への通学など日常生活そのものに支障を来すことになる。憲法は,第22条において移動の自由を,第25条において生存権を,第13条において幸福追求権を保障しており,現代社会において国民は移動に関する権利を有していると考えられるので,国や地方自治体は地域に一定の公共交通手段を維持する責務がある。また公共交通は自家用車よりも環境に与える負荷が小さいので,温暖化ガス削減上の利点もある。
昨年成立した交通政策基本法においても,第2条において,
「交通に関する施策の推進は・・・将来にわたって,その機能が十分に発揮されることにより,国民その他の者の交通に対する基本的な需要が適切に充足されることが重要であるという基本的認識の下に行われなければならない」
と,また第4条において,
「交通に関する施策の推進は,環境を健全で恵み豊かなものとして維持することが人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであること及び交通が環境に与える影響に鑑み,将来にわたって,国民が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受することができるよう,交通による環境への負荷の低減が図られることを旨として行われなければならない」
と定めているところである。
よって,国及び地方自治体は,過疎地に,(a)適切な公共交通を維持するための,(b)適切な支援を行うことが,公的責務として求められる。

第2 過疎地公共交通の現状
1 岡山県内の公共交通の調査結果(2011年度調査)
当会は,県下の全市町村に調査票を配布する方法により(a)路線バスへの補助金交付状況,(b)コミュニティバスの運行状況,(c)デマンドTXの運行状況,(d)水上公共交通に対する補助金交付・公営もしくは委託運行,を調査し,その結果判明した状況について分析を行った。
その結果,以下のことが明らかになった。
(1) 路線バス補助(補助による路線の維持)
事業者が所有・運営(民有民営)する路線バス等に対する公的支援は,主として市町村等の補助金である。過疎地域を運行する路線バスのほとんどに路線赤字補填補助が行われている(注2)。これは政令指定都市である岡山市においても同様である。
(注2 事業方針として補助を受けていない事業者が1社(宇野自動車)存する。)
運行路線が複数の市町村にまたがる場合は,複数の市町村で按分して補助金が支出されている。また,市町村単独で補助がされている場合と,国・県との協調補助が行われている場合とがある。補助の大半は路線赤字補填補助であるが,それを上回る補助をしている自治体もある(注3)。
(注3 新見市は全域で,赤字補填補助に加え中高生に対し乗車賃半額助成をしている。)
運行費用に占める補助金の割合は様々であるが,80%を超える路線が大半であり,山間部では95%を超える路線も少なくなかった。
県内の過疎地の地方民間バス路線においては,地方自治体からの赤字補填補助金によって辛うじて路線が維持されている状態である。
(2) コミュニティバス
県下の多くの市町村でコミュニテイバス(注4)が運行されている。多くは,事業者バス路線が廃止・縮小された地域で公共交通の維持のために運行されているものと推定される。
(注4 コミュニティバスとは,市町村などの公共団体が運行する路線バスをいう。公共団体が車両を保有してその運行業務を事業者に委託する(公設民営式)のが通常であるが,公共団体自身が運行を行う場合(公設公営式)の場合もある。)
運行形態は,民間事業者への業務委託が多数であるが,直営(美作市),運転業務のみ委託(備前市),民間事業者の運行に対する赤字補填補助(倉敷市)等の形態もある。
運行地域や密度には,市町村により大きな差がある。また,平成合併で拡大した市・町は,合併前の市町村が行っていたコミュニティバス運行をそのまま引き継いでいるものが多く,その結果,旧市町村域によりコミュニティバスの運行地域や密度に大きな差があるものが少なくない。
(3) デマンドタクシー
デマンドタクシー(注5)(以下「デマンドTX」と呼ぶ)の運行状況も,コミュニティバス同様に,市町村・旧市町村間の地域差が甚だしい(注6)。
(注5 デマンドTXとは,路線バスを維持できない山間地域などを対象に,運行日と運行地域を予め定めておき,実際の運行は住民の具体的需要に応じて行う,乗り合いタクシーによる旅客輸送を言う。大量輸送はできないが,大型車両や大型車両免許者を必要としないため,運行経費が比較的少額ですむことが利点とされる。)
(注6 デマンドTXの運行が最も多いのは新見市であった。)
運行形態は民間委託が主であるが,一部に,自治体直営(美作市),地域の運営(高梁市の一部),地域団地内での事業者経営の乗合いタクシーに対する市及び地域による赤字補填補助(倉敷市),などの形態もある。
(4) 水上交通
岡山・笠岡・備前の3市は,カーフェリーや旅客船に対する補助(路線赤字補助)を行っている。水上交通も補助なしにはなりたたない状況にある。
2 地域調査結果(委員が現地で聞き取りを行う等して調査した)
1 小豆島オリーブバス(2011年3月調査)
(1) 香川県小豆島では小豆島バスが路線バス事業を行っていたが,2009年6月撤退検討を公表した。乗客数は1966年の554万人/年をピークに減少し,近時は50万人/年前後で推移していた。地元2町が出資する公設民営構想には2町が難色を示し,2町の自治連合会,利用者団体等が小豆島オリーブバス(株)(以下「オリーブバス」と呼ぶ)を設立して,路線バス事業を承継した。
(2) オリーブバスは,小豆島バスの車両を無償で譲受け,5補助路線と3委託路線を引き継いだ(自主運行3路線は廃線)。補助路線は路線赤字補填補助なので収益は出ず,運行委託の収益で一般管理費を賄っている。2町からは,職員の通勤利用,高齢者の免許返納促進など,補助金以外の支援もあるが,財政的援助は出資,路線赤字補填補助,及び運行委託に限られている。
(3) 経営継続には問題点もある。(a)2町の支援が十分でない,(b)観光客のバス利用を阻害する要素が多い(観光事業者の出資が少ない,フェリー接続,観光地アクセス,便数が少ない,マイカー客が多い,など),(c)島全体の振興策との連携が十分でない,(d)バスの車齢が古く買替時期が迫っている,等である。特に買換問題が深刻である。小豆島バスからの車両譲受につき法人贈与税が課税され,準備金が枯渇した(現行制度にはこうした場合の税制優遇措置がない)。さらに買換補助制度が減価償却補助に変わったため,買換資金調達に大きな不安を生じた。
(4) 住民が路線バス事業を承継し継続している努力は賞賛に値する。しかし現行制度はこのような非典型事例の発生を予期しておらず,税制優遇措置の不備,買換補助金制度改変によって不利益を被る可能性がある。
2 三豊市コミュニティバス(2012年11月調査)
(1) 香川県三豊市は,2006年に7町が合併して成立したが,合併前は7町中4町のみでコミュニティバスが運行されていた。合併を機にアンケート調査等を経て路線を決定し,2007年に全市域で公設民営式のコミュニティバス運行を開始した。バス車両購入や路線網整備などには国の合併特例補助金が利用された。
(2) 現在のコミュニティバスは12路線で,三豊市のほぼ全域をカバーしている。運賃は一律100円で,詳細なバス路線図や時刻表が住民に配布されており,利用者獲得の積極的努力がなされている。
しかし利用者数は近年減少傾向にある。市は<運行収入/運送費用が0.12に満たない路線は見直し又は廃止する>という維持基準を設けており,ほぼ毎年路線改定がなされている。財源は約50%が特別交付税,約20%が運賃収入,約10%が県の補助金で,残りの約20%を市の一般財源で賄っている。市の職員1名を専属の担当職員としている。
(3) 利用者増は見込みにくいため,(a)乗客数の少ない路線のデマンドTXへの切替え,(b)車両の小型化が,近い将来の検討課題と考えられている。
他方,(a)路線網が過剰,(b)隣接市住民の低価格利用や,旧町域による運行格差,(c)今後の整備は,通院・買物・スクールバスに絞って検討すべき,(d)コミュニティバスに適した小型バスの開発を国・自治体が支援すべき,(e)中古車購入を考慮すべき,(f)運行委託契約期間が短い,(g)市の担当職員の異動が多い,(h)船便(市出資第三セクター)との接続が悪い,といった指摘もなされている。
(4) 三豊市は詳細で具体的な調査をもとに路線・運行等を決定しており,採算性も比較的良い。しかし,不採算路線問題や,人口減少に起因する将来的問題が,構造的に存在している。また,専従の市職員の人件費は経費に計上されていない。より合理的な事業運営を目指すには,受託事業者を含めた広範囲の意見を積極的に取り入れる必要があると考えられる。
3 井笠鉄道株式会社の倒産と路線バス事業の廃業・継承(2013年9月調査)
(1) 井笠鉄道?は,岡山県西南部及び広島県東南部で路線バス事業を営んでいたが,経営悪化のため,2012年10月をもってバス事業を終了し破産申立を行った。同社の事業終了により住民の交通手段が失われる可能性があり,地域に与えた衝撃は極めて大きかった。
(2) 倒産の原因
井笠鉄道(株)の倒産の根本原因は長期にわたる慢性的赤字であり,さらにその原因は沿線住民の路線バス利用の低迷である。補助は路線赤字補填補助であり,路線維持に必要な資金全部を補填するものでないため,構造的に補填されない赤字が累積してゆく状態にあった。従前は観光部門の利益で路線バス部門の赤字を補填していたが,近年の規制緩和のため観光部門の競争が厳しくなって路線バス部門の赤字を補填できなくなり,さらに収支が悪化した。
笠岡市は井笠鉄道(株)の経営状態が良くないことは把握していたが,破綻までは具体的に予測していなかった。
(3) 倒産後の路線バスの運行
2012年11月より(株)中国バスが暫定運行を行い,2013年4月1日から新設の(株)井笠バスカンパニーが路線バスを引き継いだ。路線バスは路線・便数を整理したが,各系統とも最小限1日3便が維持された。
運行は委託ではなく赤字補助方式によっている。委託運行(事業者側は希望していた)とならなかったのは,関係自治体の間で委託運行とすることの調整がつかなかったことが最大の理由である。
(4) 今後の課題について
笠岡市は,(a)現在の路線バスの形態は維持し,路線バスの利用者をどのように増やすかが課題である,(b)他方,需要のない箇所で費用をかけ,路線バスを運行するのも問題がある,と考えている。しかしこうした問題に地方自治体のみで対処するには限界があり,国等の支援が必要である。
(5) 問題点について
井笠鉄道の破綻は,過疎地公共交通事業者が慢性的・構造的な赤字体質のために破綻に至った典型的な事例である。他事業展開等の他要素を含まない<構造的破綻>として,国の公共交通政策関係者にも大きな衝撃を与えたと言われる。同様の状況は全国に存在し,今後類似の破綻が続発することが懸念されるので,路線交通事業の継続が保障される制度的枠組みの構築が急務である。
また,公共交通事業を営む会社が破綻した場合,破産手続は事業継続を前提としないので,公共交通事業の存続・引継が必ずしも手続的に保障されない。しかも破産申立準備の必要上,対外的に早期に<破産申立を行い事業を廃止する>と明らかにできず,事業引継のための時間が乏しい事態も想定される。
今回は,路線バス運行を引き継ぐ事業者を確保でき,間断なく路線バス事業の継承がなされたが,公共交通事業を営む会社が破綻した場合に事業の継承を確保するための実効性のある制度を設ける必要がある。

第3 現状の分析
1 過疎地路線バス事業者の長期的経営不振と赤字補填補助中心の支援の欠点
過疎地の路線バス事業は,路線の大半が赤字で,事業者は行政の補助に頼って事業を維持している。補助は基本的に路線赤字補填補助であり,路線運行の直接経費の不足分のみを補填する。従って,路線の大半が赤字である過疎地の場合,事業者は一般経費を事業収入でまかなうことができないので,他に収益力のある事業を持たないかぎり,慢性的かつ深刻な赤字体質となる(注7)。こうした事業者の資金繰りが何らかの原因で逼迫すると,それが破綻に直結する。小豆島バスも井笠鉄道バスも,こうした経緯をたどって,破綻すべくして破綻した。こうした経営体質は,全国の過疎地路線バス事業者に共通していると考えられる。
こうした慢性赤字体質の事業者には,地域に適合した公共交通を構築することを期待できない。事業者に必要な費用投下を行う資金余力がないうえに,経営努力によって路線の収益力が多少向上しても,赤字補填補助金が減少するだけで,企業収益の改善に全くつながらないので,経営改善のためのインセンティブが生まれないからである。理論的には,補助金の対象とならない一般経費を(路線の収益力に与える影響に関係なく)最大限に節減することが,事業者にとって最も合理的な選択ということになる。このような状況に置かれている事業者に,過疎地公共交通の最適化のための主導的役割を期待するのは酷である。
こうした原因のために過疎地バス路線では,事業者の運行環境改善の努力が不足し,その結果利便性が低下して利用者の減少を招いていることが疑われる。
(注7 赤字補填補助の対象となるのは,特定の路線の営業において発生した赤字額(「運行に要する経費」から「運行による収入」を差し引いた残額)である。「運行に要する経費」(以下「A経費」と呼ぶ)は,燃料費,運転者人件費,運行車両の保守点検修理費用を含むが,停留所の設置維持費用,広告・広報費,事業者の一般管理費(以下総称して「B経費」と呼ぶ),車両購入・買換え費用(通常,別途に車両買換え補助の対象となる)を含まない。路線の運行には,現実にはA経費のほかB経費も必要だが,「路線赤字補填補助制度」ではA経費のみを補助対象としている。この結果,(a)事業者はB経費をまかなうために他の財源を必要とし,(b)路線の乗客数や運行収入が変動しても事業者の路線収入(運行収入+赤字補填補助金)が変動しない。)
2 自治体側の体系的検討・認識の欠如
過疎地域の地方自治体は,地域住民の交通手段を確保する行政責任を負っている。そして,地域や路線の特性により,最も効率的な公共交通システムのあり方は異なってくるので,特性に応じた,もっとも適切な支援の手段と規模を検討・選択する必要がある。
こうした検討においては,
(a)   地域特性に応じた,多層のレベルの支援(周辺支援施策等をも含めた,複数の支援施策の併用など),
(b)   コミュニティバス等の運営についての,十分な需要調査等と,考慮された条件設定,
(c)   観光その他の全地域的な振興政策との連動,
等を検討する必要がある。
しかし,以下の事実から考えると,過疎地の地方公共団体では多くの場合,「地域全体の公共交通支援としてどのようなあり方が望ましいのか」というトータルな観点からの検討が行われていないように思われる。しかもこうした状況は,多かれ少なかれ全国に共通すると推定される。
1 岡山県内の過疎地での地方自治体の公共交通支援施策は,多くの場合,平成合併前の市町村ごとの施策をそのまま踏襲するにとどまっている。その結果,
ア 地域によって支援のされ方に大きなアンバランスが生じ,本来支援が行われるべき地域で支援が行われていない例が生じている。
イ 極度に利用者が少なく収益性の悪い路線の運行が長期にわたって行われていたり,補助運行とコミュニティバス運行が併存する路線があるなど,非効率的な支援が行われている例が生じている。
2 同一運行業者であるのに市町村境界の地点で乗り継ぎが必要になるなど,隣接する市町村との連携が不十分なケースがあり,市町村間の協力体制の構築が遅れていることを窺わせる。
3 利用者側の需要についての十分な考慮・調査なしに支援が行われている例が少なくないように見受けられる。その結果,
ア 運行後まもなく廃止もしくは制度の変更に至る,
イ 観光客の利用が見込まれる地域の路線運行を廃止してデマンドTXを導入する,
等の,合理性の疑わしい例が生じている。
3 過疎地公共交通の最適化の遅れ
上記のとおり,地域に適合する地域公共交通の再構築は,(a)事業者に期待しえないこと,(b)地方公共団体の取組みが遅れていること,のために,多くの地域において事実上行われておらず,その結果,路線赤字補填補助を中心とする合理性に欠ける支援が従前通りに行われている。
過疎地公共交通の支援は,基本的には住民の福祉のために行うものだから,公的負担が大きいこと自体は許容される。しかし,住民の福祉のためには,地域の実情に最も適した形の支援が望まれる。また,利用状況と対比してあまりに合理性に欠ける支援が行われていては,支援の継続または拡張について住民の理解を得られなくなり,中長期的に支援の縮小廃止の要因や強化拡大の阻害要因になる。
4 事業者破綻の場合の事業承継の困難とその要因
過疎地の路線バスは地域の交通弱者の文字通り「足」であり,事業者が破綻しても路線を維持することが公益的見地から強く期待される。しかし現実には,事業者の破綻後に路線を維持することは非常な困難を伴う。
小豆島の事例では地方自治体による受け皿作りができず,住民主導で辛くも路線が維持された。しかし,公有民営の事業継承に比して資金・税制等の面で著しく不利であり,後継のオリーブバスは近い将来資金的な問題に直面することが深刻に懸念される。
また,井笠鉄道バスの事例では,関係市町村が破綻を事前に予期していなかったために,市・町は時間の余裕を得るための大きな努力を余儀なくされた。また,一部の運行区域内に他の事業者のバス路線(路線赤字補填補助を受けている)が存在すること,公有民営方式では市・町の財政負担が大きいこと等が障害となって,後継事業形態の決定が大きく遅延し,結局,後継事業者が希望した委託型での事業承継が実現しなかった。
現在の路線バス補助のあり方(路線赤字補填補助)を前提とする限り,事業者の破綻が今後も全国的に,かつ多数引き続き発生する恐れは非常に大きい。しかしながら,路線バス事業者が破綻した後に,急きょ受け皿を作って路線を維持することには,上記の事例が示すとおり,大きな困難を伴うことが稀でないと考えられる。
5 過疎地路線バスはコミュニティバス化が望ましい
さきに述べた,(a)過疎地の路線バス事業者の資金不足と事業改善のインセンティブの欠如,(b)事業者破綻時の事業承継の困難,等の問題を回避するためには,過疎地の路線バスに対する公的支援を,現行の赤字補填補助から,公設民営・委託運行式によるコミュニティバス運行に切り替えることが望ましい。
事業を公有化すれば,事業者の資金不足に起因する障害は回避することができる。また,運行業務を一定の委託料により事業者に委託すれば,委託条件を適切に設定することにより,現在の赤字補填補助において期待できない事業者の事業改善のインセンティブを産むことができる。
路線バス事業のコミュニティバス化には,事業者との間での条件協議,自治体住民のコンセンサス形成など,困難な事項が多い。特に事業者破綻後のコミュニティバス化の場合には,そうした困難な調整をすべき時間が限られていることが最大の問題になる。しかし事業者が破綻に至る前であれば,十分な時間的余裕をもって協議等を行うことができるので,より容易に,かつより良く考慮された条件下にコミュニティバス化を行うことが可能になるはずである。
6 支援不十分の財政的側面
地方自治体の過疎地公共交通に対する支援が不十分であることの原因は,主として地方自治体側の認識不足に求められるが,財政的な要因も大きな障害となっていると考えられる。過疎地の地方自治体の財政は一様に厳しいので,国から補助金・交付税等による支援を受けられない独自の支援制度を採用することは,非常に困難だからである。
過疎地公共交通に対する公的支援については,2つの点が地方自治体から支援の自由を奪っている。一つは,制度的に特別の財源(かつての道路財源のような)がないために,地方自治体が支援の財源を国等の財政支援に頼らざるを得ないことである。いま一つは,国の補助金・交付措置等の支援の重点が過度に路線赤字補填補助に置かれているため,地方自治体が独自の支援を行うことが(乏しい自主財源を充てることには非常な苦痛を伴うため)財政的に非常に非魅力的なことである。
過疎地の路線バス事業は,前述のとおり公設民営化することに合理性が認められるにもかかわらず,一般に進行していない。その原因の一つは,地方自治体にとって,公設民営式のコミュニティバス運営が,路線赤字補填補助に比べて財政的に有利でないことにあると考えられる。
現行の地方交付税制度では,地域の路線バス維持費用の80%が特別交付税の基礎として算定される。この「維持費用」は,(a)公設民営式では路線赤字額(運行経費から運行収入と補助金を差し引いた額)及び車両購入費であり,(b)路線赤字補填補助では補助金額である。
路線運行経費については,公設民営式と路線赤字補填補助との間に優劣がない。しかし公設民営式の場合,地方自治体には運行以外の一般経費(担当者の人件費,バス停留所維持費用,広報費用等)の負担が生じるうえ,車両買換費用が80%しか交付対象にならない。他方,路線赤字補填補助の場合には,地方自治体の負担は補助額以外にはない。従って,路線維持費用の特別交付税制度が現状のままである限り,地方自治体にとっては,路線赤字補填補助のままの状態にとどめておくほうが,財政的に明らかに有利である。このような状態では,地方自治体に事業者補助からコミュニティバスへの転換を推進する役割を果たすことを期待できないことは自明である。(注8)(注9)
(注8 デマンドTXの運営費用については地方交付税措置がない。このことが,デマンドTXが過疎の甚だしい地域での適応性が高いにもかかわらず,採否の地域差が著しいことの要因の一つと考えられる。)
(注9 公設民営式のコミュニティバス事業の場合,支出から地方交付税受領までのタイムラグが大きいことも,地方自治体にとって負担となる。X年度に市町村が支出した費用について特別交付税が交付されるのはX+2年度なので,市町村は約2年間は支出額を自己負担していなければならないからである。)

第4 現状分析に基づく提言
1 地方自治体が行うべき事項
1 過疎地の公共交通は,地方自治体の行政責任に基づき,地域(注10)の需要に応じたレベルのものを維持すべきである。
(注10 ここにいう「地域」とは,市・町の範囲よりも小さい地域である。昭和・平成の合併により市・町の規模が拡大したり、同一市・町内でも地域によって過疎化の進行程度が異なっている結果,市・町の区域内での地域特性の格差が甚だしくなっているからである。)
2 過疎地の公共交通手段とその支援方式として一般に,(a)事業者の補助路線バス,(b)地方自治体の委託による公設民営式のコミュニティバス,(c)地方自治体の委託によるデマンドTX,の3種が考えられるが,地方自治体は,個々の地域の特性に応じて上記の3手段を併用すべきである。1種類の支援のみを行って足れりとするべきではない。
3 どのような支援を選択するかは,地域や路線の特性に応じて合理的に決められる必要がある。(注11)
(注11 例えば,観光客など外来者が利用する可能性のある場合,路線交通を維持するのが合理的であろうし,利用者が一定以上に局限される場合,デマンドTXに転換するのが合理的であろう。)
4 公的支援の質・量等を決めるについては,(a)充分に考慮された利用実態・可能性調査を行ったうえで,(b)合理的な決定が行われるべきである。漫然と作られたシステムは,公金の無駄遣いに終わるおそれがある。具体的には,
ア 市町村自身が,「地域の公共交通はどうあるべきか,その維持のために最も望ましい支援のあり方は何か」を,自ら検討する姿勢をもつ必要がある。
イ 市町村は,地域の公共交通とその支援の実情についてのデータの収集と分析をおこなう必要がある。
ウ 市町村は,広い視野の意見を聞くため,専門家の率直なアドバイスを常時受けられる仕組みを作る必要がある。
5 補助金方式を維持する場合,経営努力による収益の改善結果を報償として留保できるような仕組み(例えば収益改善に対する報償金や,広報・停留所改善等の経費補助など)を導入するなどして,事業者に経営努力のインセンティブを与えるべきである。
6 「路線の大半が赤字」であるような過疎地では,路線赤字補填補助方式から公設民営・運行委託方式への転換を急ぐべきである。
2 国が行うべき事項
1 自治体が行うべき事項に対する制度的支援
国は,過疎地公共交通支援の制度的枠組みを再検討し,地方自治体が前項で述べた支援施策を積極的に行えるような制度的環境を整備すべきである。その範囲は,税制等も含め事業者の経営上の全側面にわたるよう配慮すべきである。
2 自治体の施策のための財源の確保
国が再構築する公共交通支援制度の内容は,地方自治体にとって「使いづらい」ものであってはならない。とりわけ,過疎地域を抱える地方自治体の大半が財政的に困難な状況にあるので,国の制度が財政的裏付けをともなっていなければ,地方自治体がその制度を利用することは事実上期待できない。
従って国は,
ア 地方自治体の公共交通に関する支出について,補助金・交付税など重層的な手段により支援を行うべきである。その支援のレベルは,道路建設・維持についての支援のレベルを下回るべきではない。「支援」は,過疎地公共交通事業者に対する税制上の優遇措置なども含め,国の全政策面にわたるべきである。
イ 支援にあたっては,現行の赤字補填補助中心の支援から,補助路線のコミュニティ交通への転換やデマンドTXの導入を実質的に促す内容のものとすべきである。(注12)
(注12) 現行の特別交付税制度は,過疎地公共交通支援に関して,(a)路線赤字補填補助と公設民営委託方式との間に差を設けず,(b)デマンドTXを対象としない。その結果,地方自治体にとって,公設民営式のコミュニティバスやデマンドTXの運営は,財政的に非常に魅力がない(路線赤字補填補助の方が自治体にとって「楽な」うえに「支出が少なくて済む」)。これを改めて,コミュニティバス・デマンドTXが財政的に路線赤字補填補助方式より有利になる(少なくとも「不利にならない」)制度に変更し,地方自治体に「公共交通問題に真剣に取組む」財政的インセンティブを与える必要がある。
例えば,
<路線バス維持費用の特別交付税につき,コミュニティバスの場合,算定基礎に一般運営費用(人件費,広報費,停留所維持費用等)を付加し,かつ算定率を100%とする>
変更を行えば,地方自治体にとっては,公設民営式コミュニティバスのほうが,事業者に対する路線赤字補填補助よりも,明白に財政的に有利になる。そうすれば,地方自治体に,事業者に対して公設民営式への移行を促すインセンティブを持たせることができる。この場合事業者は,地方自治体から委託を受けて運行を行うことになるので,事業を廃止する必要は生じない。)
3 国・地方自治体の公共交通支援のための財源として,目的税の制度(たとえばガソリン税の一部目的税化,あるいは燃料税・炭素税の新設など)を整備すべきである。

第5 おわりに
弁護士会が,公共交通施策のような国・地方自治体の政治課題にわたる提言を行うことについては,様々な意見があろう。しかしながら,公共交通の課題は前記のとおり,国民の憲法上の権利にもかかわり,また地球環境の保全にもかかわることである。弁護士は法律に関する専門家として,公平で客観的な立場からその改善についての提言を行うことは,弁護士法に定められた弁護士会の責務でもある。
また,交通政策基本法は,交通施策についての基本的姿勢について定めてはいるものの,それを現実化する具体的施策に関しては国や地方自治体にゆだねているので,弁護士会が過疎地公共交通施策についての提言を行うことの意義は大きい。
この提言が,国や地方自治体,あるいは国民が,過疎地公共交通政策について将来を見すえた再検討を行う一助となることを,心から願う。

                                           2014年(平成26年)8月6日
                                             岡山弁護士会
                                                会長 佐 々 木  浩 史

この記事の作成者

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