「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」)に反対する会長声明
第1 意見の趣旨
いわゆるカジノ設置推進を定める「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」に反対し,その廃案を求める。
第2 意見の理由
1 法案について
昨年12月,国際観光産業振興議員連盟(通称「IR議連」)に所属する有志議員が,「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(以下,「カジノ解禁推進法案」という。)を提出した。カジノ解禁推進法案については,今秋の臨時国会で継続審議となっている。
カジノ解禁推進法案は,カジノ管理委員会の許可を受けた民間事業者が,「特定複合観光施設区域」において,カジノを設置できるような措置を講ずることを内容とする。
しかし,この法案については,経済効果のみが喧伝され,カジノが社会に及ぼす深刻な影響についての検討がなされていない。
2 カジノ解禁推進法案の問題点
(1)刑法上の各賭博罪に該当する問題性
「賭博」は,偶然の事情に関して財物を賭け,勝敗を争うことを言う。我が国では,刑法185条(単純賭博罪),186条1項(常習賭博罪),及び186条2項(賭博場開張罪・博徒結合罪)の各規定(以下,「各賭博罪」という。)により,「賭博」は処罰対象とされているが,これは,国民一般の健全な勤労観念を害するとともに,賭博が暴行,脅迫,殺傷,強窃盗その他の副次的犯罪を誘発しまたは国民経済の機能に重大な障害を与えるためである(最判昭和25年11月22日)。
カジノはまさに「賭博」そのものであるため,各賭博罪の構成要件に該当する行為であり,現行法下では設置することができない。従って,カジノの設置・運営を解禁しようとするのであれば,刑法の禁ずる各賭博罪の構成要件には該当するにもかかわらず,その違法性が阻却される理由が明らかにされねばならない。
例えば,現在合法とされている,競馬,競輪,競艇などは,(1)施行者が地方自治体または政府全額出資の特殊法人であること(公設),(2)運営機関が非営利法人であること(公営),(3)収益は社会貢献活動に使用すること(公益)を理由に,刑法上の賭博罪の違法性が阻却されるとされている。
しかるに,今回のカジノ解禁推進法案は,単なる民間事業者がカジノの経営を行うことを前提にしており,上記(1)ないし(3)に該当しないのであって,到底,各賭博罪の違法性は阻却されえない。
カジノの解禁を推進する立場からは,カジノ施設を含む特定複合観光施設やその設置区域の整備によって,観光,地域経済の振興,雇用の拡大,財政改善等のプラスの効果があると主張されているが,そもそも,それらの経済効果については疑問が呈されているところである。
(2)カジノ施設の設置による著しい弊害の発生
しかも, カジノ施設が設置されれば,以下で述べる様々な弊害の発生が予見される。カジノ解禁推進法案10条自身がこの点に言及していることからも,このような弊害が生じることは明らかである。
カジノ解禁推進法案は,これらの弊害を予見しながら,その防止及び排除の具体策を何ら検討していない。かかる状況の中,カジノを解禁するという結論のみを進めることは,賭博について刑事罰をもってまで禁止してきた趣旨に反するものであって,極めて無責任な立法である。
(1)ギャンブル依存症・多重債務者の増大
最も深刻な問題はギャンブル依存症の問題である。ギャンブル依存症はいったん発症すると治療が非常に困難な疾患であり,ギャンブル依存症から家族関係が悪化したり,多重債務に陥って犯罪や自殺に至ったりする者も少なくない。
我が国には,競馬,競輪,競艇等の公営ギャンブルが存在する。このような社会情勢の下,我が国におけるギャンブル依存症の患者数は推定で560万人以上,国民の中に占める依存症の有病率は男性の8.7%,女性の1.8%とされている。
もしカジノを解禁すれば,ギャンブル依存症患者が更に増加することが見込まれ,深刻な事態を惹起する。
2006年の貸金業法改正等,官民一体となって取り組まれてきた一連の多重債務者対策によって,この間多重債務者が激減し,結果として破産者等の経済的に破綻する者,また,経済的理由によって自殺する者も減少してきた。カジノの合法化は,これら一連の対策に逆行し,多重債務者を再び増加させる結果をもたらす可能性がある。
(2)青少年の健全育成への悪影響
また,合法的賭博が拡大することによる青少年の健全育成への悪影響も座視できない。
とりわけ,IR方式(カジノが,会議場,レクリエーション,宿泊施設その他と一体となって設置される方式)は,家族で出かける先に賭博場が存在する方式であるから,青少年らが賭博に対する抵抗感を持たないまま成長することになりかねず,そのような環境では健全な勤労観念が涵養されようはずがない。
(3)暴力団対策上の問題
カジノを解禁すれば,暴力団が資金獲得のためカジノへの関与に強い意欲を持つことが想定される。暴力団自身が事業主体となり得なくとも,事業主体に対する出資,従業員の送り込み,事業主体の下請け等といった,種々の脱法的方法でカジノ事業及びその周辺領域での活動に参入する可能性がある。
カジノ解禁推進法案においては,カジノ施設の運営から暴力団を排除するための具体的方策が何ら示されていないが,仮に何らかの方策がとられたとしても,暴力団の潜在的な関与を排除することがどこまでできるのか疑問である。
(4)マネー・ロンダリング対策上の問題
我が国は,FATF(Financial Action Task Forceの略。マネー・ロンダリング対策・テロ資金供与対策の政府間会合)に加盟しているが,2003年のFATFによる勧告において,カジノ事業者は,マネー・ロンダリングに利用されるおそれの高い非金融業者に指定されている。
我が国にカジノを設置した場合,仮にカジノ事業者に対して,犯罪による収益の移転の防止に関する法律に基づく,取引時確認,記録の作成・保存,疑わしい取引の届出を求めたとしても,こうしたマネー・ロンダリングを完全に防止することは極めて困難であると考えられる。
(3)経済効果喧伝に対する疑問
カジノ推進の立法目的に経済の活性化が掲げられているが,上で述べたような弊害を考えれば,仮に経済効果があったとしても推進すべきではない。
また,本当に経済効果があるのかどうかという点は,既存のカジノの状況等を十分に検証した上で評価されるべきである。
韓国,米国等では,カジノ設置自治体の人口が減少した,多額の損失を被ったといった調査結果が存在する。また,地域経済が一旦カジノに依存することとなれば,自治体がカジノ規制を忌避することとなり,必要なカジノ規制がなされなくなってしまうおそれもある。
そもそも,増加が予想される多重債務者やギャンブル依存症患者への対策等に要する社会的コスト等を考慮に入れると,これを上回る経済的効果が実際に存在するのか甚だ疑問である。
3 結論
以上のとおり,カジノ解禁推進法案が成立すれば,刑事罰をもって賭博を禁止してきた刑法の立法趣旨が損なわれ,様々な弊害をもたらす。
よって,当会は,カジノ解禁推進法案に強く反対の意見を表明し,カジノ解禁推進法案の廃案を求める。
平成26年(2014年)10月22日