(2024.09.26)「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、同判決の迅速な確定と、改めて再審法の速やかな改正を求める会長声明
1 本日、静岡地方裁判所は、いわゆる「袴田事件」について、袴田巌氏に対し、再審無罪判決を言い渡した(以下「本判決」という。)。
「袴田事件」は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)の味噌製造販売会社の専務宅で一家4名が殺害され、放火された強盗殺人・放火などの事件である。犯人として扱われた袴田巌氏(以下「袴田氏」という。)は、当初から無実を訴えていたが、静岡地方裁判所は袴田氏を有罪として死刑判決を下し、その後、最高裁判所まで争われたが、同判決は1980年(昭和55年)11月19日に確定した。しかし、二度にわたる再審請求を経て再審公判が開かれ、本日、再審無罪判決が言い渡されたものである。
袴田氏が逮捕されたのは1966年(昭和41年)8月18日であり、同氏はそこから58年以上という長きにわたり、上記残虐な事件の犯人として扱われてその汚名を着せられてきた。
袴田氏は、この58年以上のうち、2014年(平成26年)3月27日に静岡地方裁判所の再審開始と死刑及び拘置の執行停止の決定により釈放されるまでの約48年間、身体拘束を受けている。そして、上記1980年(昭和55年)の死刑判決の確定からこの釈放までの約33年間は、死刑囚として、いつ死刑が執行されるともしれない恐怖に直面し続けていた。
無実であったにもかかわらず、このような過酷な状況に置かれていた袴田氏には、今なお拘禁反応の症状がみられるなど、心身の不調が残っている状況である。
また、逮捕当時30歳の袴田氏は、今や88歳となっている。半世紀以上かつ人生の大半を、えん罪を晴らすための闘いに費やすことを余儀なくされたものであり、その残酷さは筆舌に尽くしがたい。
そこで当会は、検察官に対し、本日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して、同判決を迅速に確定させることを求める。
2 「袴田事件」は、次に述べるとおり、刑事訴訟法「第四編 再審」の諸規定(以下「再審法」という。)の不備を改めて浮き彫りにした。
まず、「袴田事件」では、再審公判が開かれるまでの二度の再審請求のうち、第1次再審請求は約27年間、第2次再審請求は約15年間もの期間を要した。
これは、再審法における再審請求手続での審理のあり方に関し、事実の取調べを受命裁判官または受託裁判官によって行うことができる旨を定めるだけで(刑事訴訟法445条)、他に何らの定めがないことに大きな原因がある。
次に「袴田事件」では、再審段階で約600点の証拠が新たに検察側から開示され、それらが再審開始、再審無罪の判断に大きな影響を与えているが、これらの証拠が開示されたのは、最初の再審請求から約30年が経過した後である。
これは、再審法には、証拠開示に関する定めがなく、訴訟指揮を通じて検察官に対して証拠開示を命じるか否かも含めて裁判所の広範な裁量に委ねられていること、仮に裁判所が検察官に対して証拠開示を命じたとしても、この命令には強制力がないことに原因がある。
また、「袴田事件」では、2014年(平成26年)3月27日に静岡地方裁判所において再審開始決定がなされたが、再審公判が開かれるまで、更に9年以上の時間を要した。
これは、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることが原因である。
再審はえん罪被害者の実効的かつ速やかな救済を保障する制度と位置付けられている。なぜなら、二重の危険の禁止を明文で定める日本国憲法のもとでは、国家による同一事件の訴追は一回限りであり、無罪が確定した事件について有罪判決を求め再度訴追するような不利益再審は禁止されているからである。そのような制度下において、ひとたび裁判所の再審開始決定がなされたということは、確定した判決に誤判であることの合理的な疑いが生じ、もってえん罪の可能性が現実化したということである。そうであれば、公益の代表者であり、また誤判について大きな責任を負うべき立場にある検察官の不服申立てを認めることは、上記えん罪被害者の実効的かつ速やかな救済を保障するという再審制度の理念にそぐわない。
なお、再審開始決定が確定しても、その後の再審公判において審理がなされ、そこで再審請求人が無罪か否かが判断される。この再審公判において検察官は自らの意見を主張することができ、かつ裁判所の判断に対する不服申立ても認められているのであるから、再審請求審における検察官の不服申立てを制限しても不都合はない。
以上のような再審法の不備に伴う問題は、他の再審事件においても同様に見られるところであり、「袴田事件」が再審無罪判決まで辿ってきたような凄惨な事態が今後二度と起こることのないように、再審法は速やかに改正されなければならない。
当会は、2023年(令和5年)12月21日開催の臨時総会において、再審法の改正を求める決議を採択しているところ、今回の「袴田事件」再審無罪判決を契機として、改めて政府及び国会に対し、再審請求手続における審理に関する規定の整備、証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止を含む、再審法の改正を速やかに行うよう求める。
以上
2024年(令和6年)9月26日
岡山弁護士会
会長 井 上 雅 雄