(2024.06.13)最低賃金の大幅引上げを求める会長声明

1 中央最低賃金審議会は,本年7月頃,厚生労働大臣に対し,本年度の地域別最低賃金額改定の目安についての答申を行う予定である。例年,各地域の地方最低賃金審議会は,この目安を参考として,地域別最低賃金額を各労働局長へ答申し,その答申を受けて各労働局長が具体的金額を決定する。
 昨年,岡山労働局長は,岡山地方最低賃金審議会の答申を受け,地域別最低賃金額を時給932円とする決定を行っている。
 しかしながら,以下に述べるとおり,時給932円という水準は,未だ余りに低過ぎるものと言わざるを得ない。

2 最低賃金制度の目的は,賃金の低廉な労働者について,賃金の最低額を保障することにより,労働条件の改善を図り,もって,労働者の生活の安定,労働力の質的向上等を図ることにある(最低賃金法(以下「法」という。)第1条)。
 しかし,時給932円という水準では,フルタイム(1日8時間)で1か月22日間働いても,月収は16万4032円(年収は196万8384円)に留まる。物価高騰等の我が国の社会状況に鑑みた場合,同金額をもってしては,各種の給付の存在を考慮したとしてもなお,労働者が安定的な生活を送り,子どもを生み育てていくことは極めて困難である。したがって,上記金額では,法の目的を達成するに足りる水準に達しているとは言えない。

3⑴ 現在の最低賃金法では地域別最低賃金制度が採用されているため,2023年度地域別最低賃金では,最も高い東京都では1113円であるのに対し,最も低い岩手県は時給893円であり,220円もの賃金格差が発生している。
 岡山県でも,隣接する広島県の970円とは38円,兵庫県の1001円とは69円もの格差が生じている。1日8時間,1か月22日間働くとすると,1か月分の賃金格差は,広島県との間で6688円,兵庫県との間で1万2144円にもなる。
 しかも,このような賃金格差は,年々拡大している。2004年度の最低賃金は,岡山県が641円であったところ,広島県は645円(4円差),兵庫県は678円(37円差)であった。
 岡山県の人口は2005年をピークに減少を続けているところ,その要因には,就職期にあたる20代を中心として若い世代の県外への転出超過がある。他県との賃金格差が拡がっていく事態を放置すれば,今後,さらに岡山県外に労働力が流出する事態につながりかねない。
 都市部への労働力の集中を緩和し,地域に労働力を確保することは,地域経済の活性化の上でも有益であるから,政府においても,早急に,最低賃金の地域間格差の是正,全国一律最低賃金制度を実現すべきである。

⑵ 地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費は,最近の調査によれば,都市部と地方の間でほとんど差がないという分析がなされている。これは,都市部以外の地域では,都市部に比べて住居費が低廉であるものの,公共交通機関の利用が制限され,通勤その他の社会生活を営むために自動車の保有を余儀なくされることが背景にある。そもそも,最低賃金は,労働者が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために必要な最低生計費を下回ることは許されない。労働者の最低生計費に地域間格差がほとんど存在しない以上,全国一律最低賃金制度を実現すべきである。

⑶ また,厚生労働省の中央最低賃金審議会に設置された「目安制度の在り方に関する全員協議会」は昨年4月6日にまとめた報告で,従来AないしDの4段階であった目安区分を3段階とすることを提案した。しかし,これではCランクの引上額を,Aランクの引上額より大幅に上回るものとするなど抜本的な方策でも採られない限り,地域間格差の迅速な解消は望めない。

4 一方,我が国の経済を支えている中小企業が最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行えるよう,充分な支援策を講じることも必要である。現在,国は「業務改善助成金」制度により,最低賃金の引上げにより影響を受ける中小企業に対する支援を実施している。しかし,この制度は中小企業にとって必ずしも使い勝手の良いものではなく,利用件数はごく少数にとどまっている。具体的な支援策としては,社会保険料の減免や減税等が有効であると考えられる。

5 政府は,もともと,2010年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」において,2020年までに全国加重平均1000円にするという目標を明記していたところ,2023年にようやくこの目標が達成された。さらに,2023年8月31日,岸田首相は,物価高を上回る賃上げを実現するため、2030年代半ばまでに1500円に引き上げることを新たな目標にすると表明した。

6 以上より,当会は,中央最低賃金審議会に対して,地域別最低賃金の格差を少しでも縮小しつつ、最低賃金額の引上げを図ることを内容とする答申を求める。また,岡山地方最低賃金審議会に対しても,最低賃金を1000円以上に引き上げることを求めるとともに,同審議会における審議の公正及び透明性を確保するため,同審議会の意見に関する異議申出についての審議を含め,審議の全面公開を求める。
 さらに,岡山労働局長に対して,1時間あたりの最低賃金額を1000円以上に決定することを求める。

以上

 
2024年(令和6年)6月13日

岡山弁護士会     
会長 井 上 雅 雄

 


この記事の作成者