(2023.12.21)再審法の改正を求める決議
第1 決議の趣旨
岡山弁護士会は、国に対し、刑事訴訟法第四編につき、以下の内容を骨子とした改正を速やかに行うよう求める。
1 全面的証拠開示を原則とする証拠開示制度を新設すること
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立て(即時抗告、特別抗告)を禁止すること
第2 決議の理由
1 はじめに
誤った刑事裁判により人を処罰するえん罪は、国家による重大な人権侵害である。他方で、裁判が人の手によって行われるものである以上、そこに誤りが生じることもまた避けがたい。そこで、誤った裁判によるえん罪被害者を救済するために、実効的な再審法を整備することもまた、基本的人権の尊重を柱とした日本国憲法下における国家の責務である。
我が国で再審について定めるのは、刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。) 「第四編 再審」の諸規定(以下「再審法」という。)である。しかしながら、刑訴法の再審に関する規定は、不利益再審を禁止するほかは、戦前の旧刑訴法の規定をそのまま受け継いでおり、およそ実効的なえん罪被害者の救済を担保するものとなっていない。とりわけ、以下に述べるとおり、証拠開示に関する手続を規定すること、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止することの法制化は、実効的かつ迅速なえん罪被害者の救済を実現するために不可欠であり、速やかに実現されなければならない。
2 証拠開示に関する諸規定の制定の必要性
刑訴法の再審手続に関する規定は、刑訴法第四編第435条から第453条までの19か条しかなく、特に再審請求手続における審理のあり方については、第445条が事実の取調べを受命裁判官または受託裁判官によって行うことができる旨定めるだけで、訴訟指揮を通じて検察官に対して証拠開示を命じるか否かも含めて裁判所の広範な裁量に委ねられている。また、仮に裁判所が証拠開示を命じたとしてもこの命令には強制力がなく、これに応じるか否かも検察官の裁量次第である。
他方、近年、再審において無罪判決が確定した多くの事件(布川事件、東京電力女性殺害事件等)では、通常審段階から存在していた証拠が開示されたことが無罪判決に結びついている。また、袴田事件や日野町事件等、再審開始決定がされている事件(ただし、日野町事件は、大阪高等裁判所が再審開始決定を維持したことに対して、検察官が特別抗告し、最高裁判所で審理中)でも、再審請求手続における証拠開示が開始決定に大きく寄与している。
以上のとおり、えん罪被害者の救済という再審の理念を実現するうえで極めて重要な意義を有する証拠開示であるが、上述のとおり、証拠開示が行われるか否かは再審請求手続が係属する裁判所の広範な裁量に委ねられている。その結果、裁判所が熱意をもって積極的に証拠開示を命じることもあれば、逆に再審請求人や弁護人の求めに対応した訴訟指揮を十分に行うことなく事案を放置し、突然再審請求棄却決定を再審請求人や弁護人に送達するような裁判所もある(いわゆる「再審格差」の問題」)。
このように、再審請求の係属する裁判所の熱意の差によって訴訟指揮権の行使に大きな差が生じることは、えん罪被害者の公平な裁判を受ける権利を侵害するものであることはいうまでもない。そこで、再審における証拠開示については、全ての裁判所において統一的な運用が図られるよう、速やかな法制化がなされなければならない。
加えて、刑事事件の捜査のために公費で運用される捜査機関が収集した証拠は、国民共有の財産であるという視点も欠くことができない。上述のとおり、多くのえん罪事件では捜査機関が有罪方向の証拠のみを提出し、無罪を基礎づける方向の証拠が手許に隠されていたことが誤った判決に結びついている。証拠が国民共有の財産であることからすれば、捜査機関による証拠の独占や恣意的な提出は許されるものではなく、捜査機関が収集したあらゆる証拠は当然に訴訟関係人に開示されるべきものである。あわせて、証拠開示の実効性を担保するため、収集された証拠の散逸、廃棄を防ぐための適切な証拠管理の仕組みを整備することも必要不可欠である。
3 検察官不服申立ての弊害
刑訴法のもとでは、再審開始決定に対する検察官の不服申立て(即時抗告、特別抗告)が認められているが、このことがえん罪被害者の速やかな救済を阻害している。とりわけ近年では、布川事件、松橋事件、大崎事件及び湖東事件において、検察官が再審開始を認める即時抗告審の決定に対して最高裁判所への特別抗告まで行っている。その結果、特別抗告審の判断がなされるまで再審開始決定が確定せず、えん罪被害者の救済が長期化しているばかりではなく、大崎事件においては特別抗告審で原審の再審開始決定が取り消されるという事態も生じており、その弊害は顕著である。
再審無罪を求める方々には、袴田事件の袴田巌さんや大崎事件の原口アヤ子さんのようにかなりの高齢となっている方も多い。また、徳島ラジオ商殺人事件の冨士茂子さんは、えん罪による服役後の再審請求中に病に倒れられ、その後なされた再審開始決定による無罪判決を存命中に受け取ることはついに叶わなかった。多くの再審請求人にとって、再審開始決定を勝ち取ることが時間との戦いになっていることは重く受け止められなければならない。
そもそも、えん罪が国家による誤った裁判の結果であることに鑑みれば、えん罪被害者の年齢にかかわらずその救済が速やかに行われるべきことは論をまたない。二重の危険の禁止を明文で定める日本国憲法のもとでは、国家による同一事件の訴追は一回限りであり、無罪が確定した事件について有罪判決を求め再度訴追するような不利益再審は禁止されていることから、再審はえん罪被害者の実効的かつ速やかな救済を保障する制度と位置付けられている。そのような制度下において、ひとたび裁判所の再審開始決定がなされた以上、確定した判決に誤判であることの合理的な疑いが生じ、もってえん罪の可能性が現実化したといえる。そうであれば、えん罪被害者には実効的かつ速やかな救済が求められる以上、公益の代表者であり、また誤判について大きな責任を負うべき立場にある検察官の不服申立てを認めることは、上記再審制度の理念にそぐわず、速やかに禁止する旨の制度改正が行われなければならない。なお、現行法においては再審公判において検察官が自らの意見について主張する機会が設けられており、再審開始決定における検察官不服申立てを禁止したとしても不都合はない。
結論
よって、当会は、適正な刑事手続の保障を実現するための活動を通じてえん罪被害者の人権を擁護することを目指す法律専門家の団体として、国に対し、全面的証拠開示を原則とする証拠開示制度の新設及び再審開始決定に対する検察官の不服申立て(即時抗告、特別抗告)を禁止することを骨子とする再審法の速やかな改正を求める。
以上、決議する。
2023年(令和5年)12月21日 岡山弁護士会臨時総会決議