(2020.08.17)緊急事態条項を新設する憲法改正にあらためて反対する会長声明

1 はじめに
 安倍首相は、2020年(令和2年)5月3日、ウェブ会合にビデオメッセージを寄せ、「緊急事態条項」新設を盛り込んだ2018年3月の自民党改憲素案に触れたうえで、衆参両院の憲法審査会での議論促進を求め、首相在任期間内における憲法改正に強い意欲を示した。

2 コロナ特措法に基づく緊急事態宣言
 今年は、新型コロナウイルスの発生と世界的感染拡大という緊急事態が発生し、感染拡大防止のためには、緊急事態宣言を発出して、国民の経済活動や表現活動等の国民の権利・自由を一部制限してでも、感染拡大防止策がとられることの必要性が生じた。
 しかし、これまで新型コロナウイルスに対処するための法律がなかったため、2020年3月13日、既存の新型インフルエンザ特措法(2012年法律第31号)を改正して、新型コロナウイルスに対しても緊急事態宣言を法律上発出することができるようにした。
 そして、政府は、その改正特措法(以下「コロナ特措法」という)に基づき、4月7日に、東京、大阪等7都府県に緊急事態宣言を発出し、4月16日には、その対象が全国に拡大された。その結果、国民の権利・自由の行使は事実上一部制限されることになったが、緊急事態宣言後、コロナウイルス陽性者の数が減少し、緊急事態宣言の効果が一定程度認められた。

3 国民世論の変化
 ところで、自民党は、従前より、我が国に外部からの武力攻撃、内乱等の社会秩序の混乱や大規模な自然災害等の緊急事態が発生したときは、それに対処するための「緊急事態条項」を、憲法改正を行って新たに創設すべきと主張してきた。
 1で述べた通り、2018年の自民党の改憲素案でも、「緊急事態条項」が取り上げられている。そして、新型コロナウイルス感染拡大というまさに緊急事態が発生しているこの状況を利用して、国民に対し、憲法上に「緊急事態条項」を創設することの必要性を強調し、それに対応するかのように、国民の間でも、「緊急事態条項」創設について理解を示す数字が上がっている傾向にある。

4 憲法に「緊急事態条項」を創設することの危険性
 いうまでもなく、憲法に「緊急事態条項」を創設する場合の重要な改正点の一つは、緊急事態が生じた場合に、法律と同等の効果を有する政令を内閣が制定できるという点にある。2018年3月に示された自民党改憲素案でも政令制定権が規定されている。
 しかしこれは、内閣(行政権)に、国民の権利の制限を伴う法律の制定権、すなわち立法権を付与することに他ならず、国民主権・三権分立という憲法秩序が一時的とはいえ停止されることを意味する。国民の権利を保障するために国家権力を制限するという近代立憲主義に基づく憲法の中に、このような政令制定権を含む「緊急事態条項」を創設することは、憲法秩序(立憲主義)の破壊につながりかねない。
 また、「緊急事態条項」創設の結果、政府に権力が集中し、かつ、政府の権力が強化されることになり、その結果、国民の権利が侵害される危険が極めて大きくなる。事実、ワイマール憲法下においてヒトラーに独裁政権を許した例や、大日本帝国憲法下における緊急勅令の例のように、憲法上の「緊急事態条項」(国家緊急権行使)は、行政権を担う政府により濫用されてきた歴史があり、日本国憲法は、このような歴史を踏まえ、あえて憲法上に「緊急事態条項」を設けなかったのである。

5 緊急事態は法律で対応すべきであること
 わが国においては、すでに自衛隊法、警察法、災害対策基本法などの緊急事態に対応するための法律が制定されており、また、今回のような新型コロナウイルス等のウイルス感染という緊急事態に対しても、コロナ特措法がある。すなわち、緊急事態を想定した法律が既に制定されているのである。
 もし、これら法律で、具体的な緊急事態に対応することが未だ不十分であるというのであれば、憲法に緊急事態条項を新設して内閣の権限強化(政令等)で対応するのではなく、あくまでも、国民の代表者で構成する国会において十分審議したうえで法律の改正を行い、必要ならば、新たな法律の制定を行って対応すべきである。
緊急事態に有効に対応するには、「法律の整備」と「事前準備」(危機管理)であって、憲法改正ではない。

6 まとめ
 当会は、2016年3月9日、会長声明を発出し、憲法改正を行って「緊急事態条項」を憲法に創設することに対し反対してきた。さらに、日弁連や各地の弁護士会においても同様の会長声明が数多く出されている。
 当会は、新型コロナウイルスの感染拡大に乗じて、国民的な議論がない中、あるいは憲法に緊急事態条項が規定されないと緊急事態に対応できないかのような誤った議論の中で、「緊急事態条項」を憲法に創設しようとする動きがあることに警鐘を鳴らす意味を込めて、あらためて、「緊急事態条項」を新設する憲法改正に、反対する。

以上


2020年(令和2年)8月17日

岡山弁護士会     
会長 猪 木 健 二

 
 

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