(2010.04.21)公訴時効廃止・延長に反対する会長声明

殺人等の重大犯罪について公訴時効を廃止・延長し、かつ、その遡及適用を行うことを内容とする刑事訴訟法の改正案は、平成22年4月14日に参議院で可決され、現在、衆議院にて審議が行われている。しかしながら、当会は、下記の観点から同法案には反対するものである。

1 被疑者・被告人及び弁護人の防御権の観点からの問題点
公訴時効制度は、一見、犯罪者に逃げ得を許すかのような制度にも見えるが、冤罪防止のために極めて重要な機能を有している。すなわち、事件発生から起訴までに長期間を要した場合、時間の経過により、?証人の記憶が薄れたり、証人が死亡したり、事件の現場の状況が大きく変わったりすることにより、反対尋問等による防御権の実質的保障の基盤が失われる、?被告人・被疑者に有利な証拠が散逸する(なお、捜査機関が被疑者・被告人に有利な証拠を積極的に収集・保全することは期待できない)、といった事態が生じ、冤罪防止のためにも重要な権利である被疑者・被告人及び弁護人の防御権が著しく侵害される危険があるところ、公訴時効はかかる危険を緩和する重要な機能を有しているのであり、その廃止・延長は、かかる重要な機能を大きく損なうものである。上記のような刑事司法の実情と公訴時効制度の存在意義が国民に十分に説明されていない現状からも、重大犯罪について公訴時効の廃止・延長を行うことには大きな問題がある。
なお、科学的証拠の活用により、事件発生から長期間を経た後の起訴事案についても冤罪の危険は軽減されるという見方もあるが、当時信頼できるとされた科学的証拠の信用性が後に否定されることもあり、したがってかかる見方が必ずしも正しいとは言えないことは、いわゆる足利事件の教訓からも明らかである。

2 立法事実及び比較立法の観点からの検討
公訴時効期間については、既に平成16年の刑事訴訟法改正において一定の延長がなされているところ、それ以後の約6年の期間に、再度の、かつ、一部廃止が含まれる大幅な改正が必要となるような、我が国における社会事情の変化が存するかについては、疑問である。
また、諸外国の立法例では、公訴時効が存在しない国もある一方で、例えばフランスでは公訴時効がない犯罪は集団殺害など人道に対する罪に限られ、ドイツでも公訴時効がないのは民族虐殺などの犯罪に限られている。これら立法例との比較検討の見地からも、我が国において殺人一般について公訴時効を廃止するに当たっては、慎重な検討が必要である。

3 遡及適用の問題点
憲法39条は、直接的には実体的刑罰法規の遡及適用を禁止するものであるが、訴訟規定であっても、被疑者・被告人の実質的地位に直接影響を持ち、したがって、実体法と密接な規定については、遡及適用は許されないと考えるべきである。また、公訴時効については、一定期間の経過によってその可罰性が減少するという実体法上の意味もあるところ、かかる公訴時効の実体的側面に鑑みると、公訴時効を廃止・延長する法案を遡及的に適用することは、実体的刑罰法規の遡及適用そのものということになる。
したがって、重大犯罪について公訴時効を廃止・延長する法案を、その施行の際に時効が完成していない事件に遡及適用することは、憲法39条に違反する疑いが強い。

4 犯罪被害者及びその遺族との関係
重大犯罪について公訴時効が廃止・延長されたからといって、犯人が直ちに逮捕・処罰されるわけではなく、犯罪被害者及びその遺族の立場が強化されるわけでもない。つまり、犯人が逮捕されないままの犯罪被害者及びその遺族にとって必要なのは、公訴時効の廃止等より、むしろ、初動捜査を含めた刑事警察の捜査能力の向上と、具体的な経済的・精神的な支援の施策や措置である。犯罪被害者及びその遺族に対する、社会的・精神的な援助を中心とする総合的な対策を後回しにして、重大犯罪についての公訴時効の廃止・延長と、その遡及適用を先行的におこなうことは、犯罪被害者及びその遺族への支援策としても、本末転倒で安易な弥縫策でしかない。

以上の観点から、当会は、重大犯罪について公訴時効を廃止・延長し、かつ、その遡及適用をおこなう法案に反対するものである。

2010(平成22年)4月21日
岡山弁護士会
会 長    河 村 英 紀

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