(2023.03.13)「袴田事件」再審開始決定を支持した東京高等裁判所の決定に対する会長声明
1 本日、東京高等裁判所は、いわゆる「袴田事件」の第2次再審請求において、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定(以下「本決定」という。)をした。
「袴田事件」は、1966年6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)の味噌製造販売会社の専務宅で一家4名が殺害され、放火された強盗殺人・放火事件である。同年8月に逮捕された袴田巌氏(以下「袴田氏」という。)は、当初から無実を訴えていたが、1日平均12時間、最も長い日には16時間もの厳しい取調べを受けた結果、パジャマを着て犯行を行ったと自白させられ、起訴された。ところが、静岡地方裁判所での第一審の公判中にパジャマが犯行時に着ていた衣類であったという自白内容に疑いが持たれると、事件から1年2か月後に、大量の血痕が付着した5点の衣類が味噌タンクの中から発見されたとして、検察官は犯行時に着ていた衣類がこの5点の衣類であると主張を変更した。静岡地方裁判所は変更された検察官の主張のとおり認定して袴田氏に死刑判決を下し、その後、最高裁判所まで争われたが、同判決は1980年11月19日に確定した。
翌1981年に申し立てられた第1次再審請求審は、27年という長期に及び、2008年3月24日、最高裁判所で特別抗告が棄却されて終了した。この間、袴田氏は心身に不調を来し、同氏の姉である袴田ひで子氏が同年4月に第2次再審請求を申し立てた。
第2次再審請求審では、5点の衣類に関する味噌漬け実験報告書などが新証拠として提出され、また、衣類に付着した血痕のDNA鑑定も実施され、同衣類が袴田氏のものでも、犯行時の衣類でもないことを明らかにした。加えて、静岡地方裁判所の証拠開示勧告もあり、捜査機関側の保有する多数の証拠が開示されたが、その中には袴田氏の無実を示す重要な証拠が複数含まれていた。
以上の新たな証拠等を踏まえ、静岡地方裁判所は、2014年3月27日、死刑執行の停止に加え、拘置の停止も決定する画期的な再審開始決定をし、袴田氏は釈放された。
しかし、検察官が即時抗告したところ、2018年6月11日、東京高等裁判所は、再審開始決定のみを取り消した。2020年12月22日、最高裁判所はその決定を取り消し、味噌漬け実験について更に審理させるため、東京高等裁判所に差し戻すとの決定をした。
本決定は、上記差戻し審であるところ、東京高等裁判所は、事実取調べの結果を踏まえ、有罪の決定的証拠とされていた5点の衣類に関し、5点の衣類に付着した血痕に赤みが残っているところ、1年以上味噌漬けされた場合、衣類の血痕の赤みが消失することは、専門的知見によって科学的機序として合理的に推測でき、5点の衣類が犯行時に着ていた衣類であること、ひいては袴田氏が犯人であることに合理的な疑いが生じたとして、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持したものである。本決定は、最高裁判所の白鳥決定等によって確立された総合評価の枠組みに忠実に沿うものであり、妥当な判断である。
袴田氏は、現在87歳と高齢であり、47年間もの長期間、身体拘束され、死刑判決確定後は死刑囚とされたことにより、心身に不調を来しており、袴田氏の救済にはもはや一刻の猶予も許されない。
よって、当会は、検察官に対し、本決定を尊重して特別抗告をすることなく、本件を速やかに再審公判に移行させるよう求める。
2 また、本件の第2次再審請求審において、上記のとおり、裁判所の勧告によって捜査機関側の保有する証拠開示がされたところ、その点数は約600点に及んでおり、それが再審開始の判断に大きな影響を与えている。しかし、刑事再審の手続を定めた刑事訴訟法「第四編 再審」(再審法)では証拠開示に関する明文の規定がないため、裁判所が積極的な訴訟指揮を行うかどうかによって、証拠開示の結果に大きな差が生じており、その結果、再審制度の目的である無辜の者の救済が図られないという深刻な事態が生じている。
加えて、本件では、2014年3月に静岡地方裁判所で再審開始決定がなされたにもかかわらず、その後およそ9年が経過した現在もなお再審公判が始まっていない。このような遅滞は、再審開始決定が裁判のやり直しを決するにとどまり、有罪・無罪の判断は再審公判で行うことが予定されているにもかかわらず、再審法上、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることによる。
このように、本件は現行の再審法の不備を浮き彫りにしているものであることを踏まえ、当会は、政府及び国会に対し、えん罪被害者の速やかな救済のために、
⑴ 再審請求手続における全面的な証拠開示
⑵ 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止
を含む再審法の改正を行うことを求める。
2023年(令和5年)3月13日
岡山弁護士会
会長 近 藤 剛