(2023.02.10)特定商取引に関する法律の平成28年改正における5年後見直し規定に基づく同法の抜本的改正を求める意見書
2023年(令和5年)2月10日
岡山弁護士会
会長 近 藤 剛
第1 意見の趣旨
当会は、国に対し、特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)の平成28年改正における附則第6条に基づく「所要の措置」として、以下の内容を含む抜本的な法改正等を行うことを求める。
1 訪問販売・電話勧誘販売について
⑴ 拒否者に対する訪問勧誘の規制
訪問販売につき、家の門戸に「訪問販売お断り」と記載された張り紙等を貼っておくなどの方法によりあらかじめ拒絶の意思を表明した場合が、特定商取引法3条の2第2項の「契約を締結しない旨の意思を表示した」場合に該当することを条文上明らかにすること。
⑵ 拒否者に対する電話勧誘販売の規制
電話勧誘販売につき、特定商取引法第17条の規律に関し、消費者が事前に電話勧誘販売を拒絶できる登録制度を導入すること。
⑶ 勧誘代行業者の規律
訪問販売及び電話勧誘販売につき、その契約の締結の媒介又は代理の業務の委託を受けた者(いわゆる勧誘代行業者)に対しても、特定商取引法上の行為規制が及ぶことを条文上明らかにすること。
⑷ 販売業者等の登録制
訪問販売及び電話勧誘販売を行う者は、国又は地方公共団体に登録をしなければならないものとすること。
2 通信販売について
⑴ インターネットを通じた勧誘等による申込み・契約締結についての行政規制、クーリング・オフ及び取消権
通信販売業者がインターネットを通じて消費者を勧誘し、消費者が契約の申込みを行い又は契約を締結した場合について、行政規制を設けること並びに消費者によるクーリング・オフ及び取消権を認めること。
⑵ インターネットを通じた通信販売における継続的契約の中途解約権
インターネットを通じた通信販売による継続的契約について、消費者に中途解約権を認めること及び中途解約の場合の損害賠償の額の上限を定めること。
⑶ 解約・返品に関するインターネット通信販売業者の受付体制整備義務
通信販売業者がインターネットを通じて申込みを受けた通信販売契約について、契約申込みの方法と同様のウェブサイト上の手続による解約申出の方法を認めること及び迅速・適切に解約・返品に対応する体制を整備することを義務付けること。
⑷ インターネット広告画面等に関する規制の強化
インターネットの広告画面及び申込画面において、契約内容の有利条件や商品等の品質・効能の優良性を殊更に強調する一方、有利性や優良性が限定される旨の打消し表示が容易に認識できない表示をすることを特定商取引法第14条第1項第2号の指示対象行為として具体的に禁止すること。また、広告表示において事業者が網羅的で正確かつ分かりやすい広告を行わなければならないこと(広告表示における透明性の確保)を法令等で明確化すること。
⑸ インターネットの表示を中止した場合の行政処分
通信販売業者が不当なインターネット広告の表示を中止した場合であっても、行政処分(指示処分及び業務停止命令等)が可能であることを明示すること。
⑹ 広告・申込画面、広告・勧誘動画の保存・開示・提供義務
通信販売業者がインターネット上で契約の申込みを受けた場合、消費者が申込みの過程で閲覧した広告や勧誘過程の動画を一定期間保存する義務及び消費者に対して保存内容を提供する義務を負うものとすること。
⑺ 連絡先が不明の通信販売業者及び当該業者の勧誘者等を特定する情報の開示請求権(詐欺等加担者情報開示請求権)
特定商取引法第11条第6号及び同法施行規則第8条第1号及び第2号の表示義務を満たさない通信販売に関する広告又はインターネット等を通じて行った勧誘により自己の権利を侵害されたとする者は、SNS事業者、プラットフォーマーその他の関係者に対して、通信販売業者及び勧誘者を特定する情報の開示を請求できることとすること。
⑻ 適格消費者団体の差止請求権の拡充
適格消費者団体の差止請求権について、前記⑴から⑷の行政規制等に違反する行為等を請求権行使の対象に追加すること、及び⑸の場合に差止請求権行使の対象となる旨を明示することなど、その拡充を行うこと。
3 連鎖販売取引等について
⑴ 連鎖販売業に対する開業規制の導入
連鎖販売取引について、国による登録・確認等の事前審査を経なければ連鎖販売業を営んではならないものとする開業規制を導入すること。
⑵ 後出し型連鎖販売取引の適用対象への追加
特定利益収受の契約条件を設けている事業者が、連鎖販売取引に加入させることを目的として特定負担に係る契約を締結させ、その後に当該契約の相手方に対し特定利益を収受し得る取引に誘引する場合は、特定商取引法の連鎖販売取引の拡張類型として規制が及ぶことを条文上明確にすること。
⑶ 不適合者に対する紹介利益提供契約の勧誘等の禁止
物品販売又は役務提供による対価の負担を伴う契約をした者が次のいずれかに該当する場合は、その者との間において、新規契約者を獲得することにより利益が得られることを内容とする契約の勧誘及び締結を禁止すること。
① 22歳以下の者
② 先行する契約として投資等の利益収受型取引の契約を締結した者
③ 先行する契約の対価に係る債務(その支払のための借入金、クレジット等の債務を含む)を負担している者
⑷ 連鎖販売取引における特定利益の計算方法等の説明義務の新設
連鎖販売取引について、収受し得る特定利益の計算方法等を特定負担に関する契約を締結しようとする者に説明しなければならないものとすること。
⑸ 連鎖販売取引における業務・財務等の情報提供義務の新設
連鎖販売取引について、業務・財産の状況等に関する情報を特定負担に関する契約を締結しようとする者や加入者に開示しなければならないものとすること。
第2 意見の理由
1 はじめに
⑴ 特定商取引法は、訪問販売等の消費者トラブルを生じやすい特定の取引類型を対象に、事業者による不公正な勧誘行為等の取り締まり等を行う法律であるところ、平成28年の同法改正時、附則第6条で「政府は、この法律の施行後五年を経過した場合において、この法律による改正後の特定商取引に関する法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認める時は、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」という、いわゆる5年後見直し規定が定められ、昨年12月1日に5年の経過を迎えた。
⑵ 令和4年版消費者白書によると、全国の消費生活センター等に寄せられた消費生活相談は85.2万件であり、ここ15年ほど高止まりが続いている状況である。そして、この消費生活相談のうち、特定商取引法の対象取引分野に関する相談は全体の54.7%という高い比率を占めている。
令和3年版消費者白書によれば、65歳以上の高齢者の相談では、特定商取引法の対象取引分野のうち訪問販売の割合が13.0%、電話勧誘販売の割合が8.9%であり、65歳未満の割合の2倍を超えている。さらに、令和4年版消費者白書によると、認知症等高齢者においては、訪問販売・電話勧誘販売の相談が48.6%と圧倒的多数を占めており、判断力の衰えた高齢者が悪質商法のターゲットにされていることがうかがわれる。
また、令和4年版消費者白書によると、世代全体で見ると、インターネット通販に関する相談が27.4%と最多となっており、デジタル社会の進展やコロナ禍の影響からインターネット通販におけるトラブルが増加している。
さらに、マルチ取引は、相談件数全体に占める割合は1.1%であるものの、20歳代においては5.1%と高い比率を示しており、今後は成年年齢引下げに伴う被害の増加が懸念される。
以上のとおり、平成28年改正後も特定商取引法の対象取引分野における消費者相談は高止まりを示しており、幅広い世代の消費者被害を防止し、救済することが急務となっている。
そこで、この5年後見直しを契機として、特定商取引法の抜本的な改正を求める。
2 訪問販売・電話勧誘販売について
⑴ 拒否者に対する訪問販売の規制
2014年(平成26年)の消費者庁による訪問勧誘・電話勧誘等の意識調査では、訪問勧誘で96.2%、電話勧誘で96.4%の消費者が「勧誘を全く受けたくない」と回答していることや、高齢者等の判断能力の低下等により勧誘を断ることが十分に期待できない消費者の存在に鑑みると、消費者が事業者の訪問に対して個別に応対することなく、事前にかつ簡易に契約を締結しない旨の意思表示をする方法を整備することが必要である。
この点、特定商取引法第3条の2第2項は、契約を締結しない旨の意思を表示した者に対し、勧誘をしてはならないと定めているが、消費者庁は、同項について「例えば家の門戸に「訪問販売お断り」とのみ記載された張り紙等(以下「ステッカー」という。)を貼っておくことは、意思表示の対象や内容が全く不明瞭であるため、法第3条の2第2項における「契約を締結しない旨の意思」の表示には該当しない。」との解釈を示している。
しかし、上記解釈によると、消費者は、あえてステッカーを貼付しているにもかかわらず、事業者と個別に応対しなければならず、その結果として契約締結をさせられる可能性もあり、消費者の損害防止を図る特定商取引法の解釈として不適当である。また、同項は、「契約を締結しない旨の意思表示」の方法を限定していないうえ、多くの自治体が条例でステッカーに法的効力を認めており、消費者庁も当該条例の効力を認めており、解釈の一貫性を欠く状況となっている。
以上の点に鑑み、消費者庁の上記解釈は直ちに改められるべきであり、解釈に疑義のないよう、ステッカーにより訪問販売を拒絶する意思を表示した場合が、特定商取引法第3条の2第2項の「締結しない旨の意思を表示した」に該当することを条文上明示すべきである。
⑵ 拒否者に対する電話勧誘販売の規制
電話勧誘に対する消費者の意識や、電話勧誘販売の不意打ち性に鑑みれば、電話勧誘販売についても、勧誘を事前に拒絶することができる制度、すなわち、事前の意思表示のみで勧誘を拒絶することができ、個別の案件ごとの拒絶対応を要しない制度が必要不可欠である。
特定商取引法第17条は、契約を締結しない旨の意思を表示した者に対する電話勧誘を禁止している。前記⑴の訪問販売拒絶のステッカーと同様に、消費者が事業者に電話応対することなく、事前に、かつ簡易に契約を締結しない旨の意思表示をするために、電話勧誘を受けたくない消費者が電話番号を登録機関に登録し、登録された番号には事業者が電話勧誘することを禁止する「Do-Not-Call制度」を導入すべきである。
⑶ 勧誘代行業者の規律
訪問販売及び電話勧誘販売における行為規制は、「販売業者」及び「役務提供事業者」(以下「販売業者等」という。)に対するものであるが(特定商取引法第2条第1項参照)、近年、訪問販売や電話勧誘販売にあっても、営業活動それ自体についてもアウトソーシングの活用が進み、勧誘行為を他の業者に委託する例が増えている。本来規制すべきは、訪問・電話による勧誘「行為」であり、勧誘行為の委託を受け実際に勧誘を行う事業者を行為規制の対象外とするべきではない。
したがって、販売業者等から契約の締結の媒介又は代理の業務の委託を受けた者(いわゆる勧誘代行業者)に対して、特定商取引法上の訪問販売及び電話勧誘販売の行為規制が及ぶことを条文上明示すべきである。
なお、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引においては、「物品の販売(そのあっせんを含む)又は役務の提供(そのあっせんを含む)」と規定されており(特定商取引法第33条、第51条)、勧誘代行業者を利用した場合にも特定商取引法による規制が及ぶことが条文上明らかにされていることが参考となる。
⑷ 販売業者等の登録制
訪問販売や電話勧誘販売は、実店舗が不要であることから、店舗販売と比べて新規参入の障壁が低く、信用力の低い事業者も参入が容易である。
また、実店舗がないことから所在を転々として、行為規制に違反する勧誘を行う事業を繰り返すことも可能である。
そのため、訪問販売や電話勧誘販売についても店舗販売業者に準ずる信頼を確保するために事業者の登録制を採用すべきである。
なお、地方自治体においては、野洲市(滋賀県)が条例によって訪問販売事業者登録制度を2017年度(平成29年度)から実施しており、国によって同様の制度を実施することが困難であるとは言えない。
3 通信販売について
⑴ インターネットを通じた勧誘等による申込み・契約締結についての行政規制、クーリング・オフ及び取消権
現在の特定商取引法では、通信販売については、他の特定商取引法の取引類型と異なり、再勧誘の禁止や威迫困惑行為の禁止等の行政規制が定められておらず、また、クーリング・オフや不実告知による取消権等も設けられていない。
そもそも、特定商取引法の通信販売は、消費者がカタログを閲覧して申込みをする形態やインターネットで自らがウェブサイトを閲覧、吟味した上で申込みをする形態が想定されている。
しかしながら、近年、通信販売で急増している消費者トラブルにおいては、消費者が自ら積極的に通信販売業者のウェブサイトを閲覧して申込みをするのではなく、消費者が日常的に利用しているSNSを通じて事業者から一方的にメッセージが送られてきたり、SNS上の広告を見たことがきっかけでインターネットを通じて事業者やその関係者から勧誘され、申込みに誘導されるケースが急増している。
SNSによるメッセージや広告の表示は、消費者に突然一方的に表示される点で不意打ち性があるし、また、スマートフォン、タブレット、パソコン等を利用した事業者と消費者の一対一での勧誘は密室性が高いものといえる。
SNSでの繰り返しの勧誘や、動画の視聴による勧誘は、断られても勧誘を続ける訪問販売における不招請勧誘と同様の攻撃性があるといえる。
また、SNS等での勧誘は匿名性が高く、事業者や勧誘者の素性が不明であることが多いし、SNS上でのやり取り、ウェブサイト上でのやりとり、無料通話アプリによる通話により契約が締結される場合、契約内容が不明確となりやすい。
これらの点は従来想定されていた通信販売と異なり、訪問販売や電話勧誘販売との類似性が強く、これらの販売類型と同じ問題点があり、同様の規制が必要である。
以上のような通信販売の問題点に鑑み、行為規制として、訪問販売等と同様の氏名等の明示、再勧誘の禁止、不実告知の禁止、故意の事実不告知の禁止、威迫困惑行為の禁止、債務の履行拒否・不当な遅延の禁止、過量販売の禁止、顧客の知識・経験・財産状況に照らし不当な勧誘の禁止、契約書面に虚偽記載をさせる行為の禁止、金銭を得るための契約を締結させるための行為の禁止、消耗品の誘導開封の禁止等を設けるべきである。
また、民事上の規定としても、訪問販売等と同様のクーリング・オフ、不実告知及び重要事実の不告知の場合の取消権を設けるべきである。
⑵ インターネットを通じた通信販売における継続的契約の中途解約権の新設
通信販売により継続的な役務提供契約を締結する場合、消費者が契約内容を十分に理解しないまま契約を締結することも少なくない。実際に役務の提供を受けてみると消費者が想定していた役務内容と異なっていたり、長期間の契約中に事情が変わり消費者にとって契約が不要となるなど、中途解約を可能とすることが必要となる場合がある。
しかし、継続的契約の場合、消費者が高額な代金を負担している場合が多く、消費者は中途解約をする必要性が高いにもかかわらず、容易に解約できない、あるいは、解約できるとしても高額な違約金を請求されるというケースが増加してきている。
継続的契約について民法上明確な規定は存在せず、特定商取引法においても、特定継続的役務提供契約における指定役務についてしか中途解約の規定が存在しない。また、近年トラブルの多い定期購入契約についても、中途解約を認める規定が存在しない。
以上のような問題点から、インターネット通信販売における継続的契約については、特定継続的役務提供と同様の中途解約権(理由を問わず将来に向かって契約を解消する解除の趣旨)を新設し、中途解約の場合に消費者が負担する損害賠償額の上限を定めるべきである。
⑶ 解約・返品に関するインターネット通信販売業者の受付体制整備義務
インターネット上の通信販売において、事業者がウェブサイト上で購入申込みを受け付けていながら、ウェブサイト上での解約を受付けていない場合がある。
また、解約受付に際し、契約申込時以上の個人情報の証明資料等を要求する、期間内に電話でのみ解約を受け付けるとしながら電話がつながらず解約ができない、ウェブサイト上での解約手続が分かりにくい等、解約・返品を困難にさせているケースがある。
以上のような問題点から、契約申込と同様の方法(ウェブサイト上での手続)による解約申出の方法を整備することを義務付けるべきである。また、解約・返品にあたり、新たに消費者の個人情報の証明資料を要求することを禁止すべきである。
さらに、消費者からの解約申出に対する受付体制の整備義務、及び解約申出に対して迅速かつ適切に対応する体制の整備を義務付けるとともに、電話による解約を認める場合、消費者が解約期間内に架電したにもかかわらずつながらなかったことにより同期間が経過した場合、当該事業者が「正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたとき」にあたるものとして、同期間内に解約の申出があったものとみなすこと(民法第97条第2項)を確認する規定を新設すべきである。
⑷ インターネット広告画面に関する規制の強化
インターネット広告画面に関し、定期購入契約を中心に消費者の誤認を招く不公正な表示がなされている事例が少なくない。
特定商取引法第11条の広告表示義務においては、延々と画面のスクロールを要する場合であっても、所要事項が広告のどこかに表示されていれば、広告自体に「著しい虚偽」又は「誇大」な表示がない限り、同条の表示義務には違反していないと解される可能性がある。
特に健康食品や化粧品については、商品の品質・効能につき「著しく優良であると誤認させるような広告」によるトラブルが多発しているが、誇大広告等の禁止に該当するための要件(同法第12条)が「著しく」と、抽象的かつ不明確であり、事業者の脱法行為を規制できていない。
令和3年の特定商取引法の改正時、特定申込における申込画面での表示義務と、表示義務のある事項について人を誤認させるような表示が禁止されるとともに(同法第12条の6)、取消権(同法第15条の4)が新たに規定されたが、広告画面の表示については同様の改正規定は設けられなかった。
以上のような問題点から、インターネット広告画面について、契約内容の有利条件と不利益条件、商品等の品質等が優良であることとその打消し表示を、分離せず一体的に記載する義務を新設し、それに違反する表示を特定商取引法第14条第1項第2号の指示対象行為(顧客の意思に反して申込みをさせようとする行為)に追加するとともに、禁止される表示例をガイドライン等で明確にすべきである。
また、消費者に商品・役務について自主的合理的な選択の機会を確保するため、商品・役務に関して事業者が網羅的で正確かつ分かりやすい広告表示を行わなければならないことを法令等で明確化すべきである。
⑸ インターネットの表示を中止した場合の行政処分
事業者が、特定商取引法の通信販売の広告の表示義務(同法第11条)、誇大広告の禁止(同法第12条)、特定申込を受ける際の表示義務(同法第12条の6)等に違反し、通信販売にかかる取引の公正及び購入者又は役務の提供を受ける者の利益が侵害されるおそれがあると認めるとき、主務大臣は、指示等の行政処分を行うことができる(同法第14条第1項柱書、同法第15条第1項柱書)。
しかし、インターネット上の表示は事業者が容易に中止・削除を行えるため、事業者が表示を中止・削除し「利益が害されるおそれ」が消滅したと反論することがある。
また、一旦中止・削除した表示を事業者が再度表示することも容易であるから、表示を中止した場合に行政処分ができないとすれば、不当な広告表示等を抑止して消費者の利益を保護しようとする法の趣旨が没却される。
上記のような問題点から、通信販売事業者が、インターネット広告や特定申込における申込画面の表示を中止した場合でも行政処分が可能であることを法令上明確化すべきである。
⑹ インターネット上の広告・申込画面、広告・勧誘動画の保存、開示、提供義務の新設
インターネット通信販売における定期購入契約のトラブルにおいては、広告画面及び申込画面に一定期間の定期購入契約であることなどの契約条件が適切に表示されていたか否かが問題となることが多い。また、インターネット上の動画を用いて広告・勧誘が行われるケースがある。
しかし、消費者が、事業者とトラブルになることを想定して広告・申込画面、広告・勧誘動画を保存しておくことは多くはなく、消費者が広告・申込画面や広告・勧誘動画の内容を立証することは困難である。
一方、インターネット上の広告・申込画面は、変更・削除が極めて容易であるため、トラブルとなった時点で申込時の画面から変更されている場合も多く、事業者が適切な表示をしていた旨の反論がなされることがある。
以上の問題点に鑑み、取消権等の実効性を確保するために、事業者に対して、広告・申込画面、広告・勧誘動画の保存・開示・提供義務を新設すべきである。同義務を認めても、広告・申込画面、広告・勧誘動画を保存・開示・提供することは事業者にとって容易であり過度な負担とはならない。
また、インターネット通信販売においてはアフィリエイト広告等、事業者から委託を受けた者による広告・動画を見て購入に至る場合も多く、アフィリエイト広告・動画も上記義務の対象とするべきである。
⑺ 連絡先不明の通販事業者及び当該事業者の勧誘者等を特定する情報の開示請求権(詐欺等加担者情報開示請求権)
民事訴訟を提起するには、訴状に「当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所」を記載しなければならない(民事訴訟法第133条、民事訴訟規則第2条第1項第1号)。しかし、インターネット上で行われる勧誘ではSNS等を利用して匿名で行われることが少なくなく、相手方の特定が困難である。
通信販売における特定商取引法上の事業者の氏名・名称・住所・電話番号の表示義務は、「広告をするとき」に限られているため、個別の勧誘時に氏名・名称等の表示義務が及ぶかは文言上明らかではない。また、表示義務違反の行政処分の対象となるのは販売業者又は役務提供事業者に限られ、広告又は勧誘を行ったものが販売業者又は役務提供事業者から独立している場合は行政処分の対象にならない。
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(いわゆるプロバイダ責任法)は、発信者情報開示の対象となる権利侵害行為を、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信である「特定電子通信」(同法第2条第1項)に限定しており、詐欺的な広告、勧誘を経た通信販売による財産被害には同法の発信者情報開示制度は利用できず、結果的に、事業者の氏名等を特定できないことがほとんどである。
以上のような問題点に鑑み、特定商取引法第11条第6号及び同法施行規則第8条第1号又は第2号の表示義務を満たさない通信販売に関する広告又はインターネット等を通じて行った勧誘により自己の権利を侵害されたとする者は、SNS事業者、プラットフォーマーその他の関係者に対して、通信販売業者及び勧誘者を特定する情報の開示を請求できることとする立法措置を講ずるべきである。
⑻ 適格消費者団体の差止請求権の拡充
以上の点についての実効性を確保するために、適格消費者団体の差止請求権の対象として、通信販売業者による前記⑴において提案する取消権の対象となる行為、同⑴において提案するクーリング・オフや同⑵において提案する中途解約権を制限する特約や妨害行為、同⑶の解約等への受付体制整備義務に違反する行為、同⑷の広告規制等に違反する行為を追加すべきである。
また、事業者が違反行為を中止した場合であっても、同種行為の再開のおそれがあるときは、前記⑸の行政処分のみならず、適格消費者団体による差止請求が可能であることを特定商取引法に明示すべきである。
4 連鎖販売取引等について
⑴ 連鎖販売業における開業規制の新設
ア 開業規制の必要性
全国消費生活情報ネットワークシステム(PI0-NET)によるマルチ取引に関する消費生活相談の件数は、近年も毎年1万件以上あり、現状の規制では悪質なマルチ取引を抑止できていない。また、2020年度(令和2年度)の相談件数のうち49%を29歳以下が占めており、若年者がトラブルに遭う割合が増加している。
そして、近時は、各種の投資取引、アフィリエイト等の副業、暗号資産(仮想通貨)等の利益収受型の物品又は役務を対象に販売を拡大する手法としてマルチ取引を用いる、いわゆる「モノなしマルチ商法」のトラブルが増加している。勧誘方法も、若年者を対象に、メールやSNS(コミュニケーションアプリ、マッチングアプリ)等インターネット上の匿名性の高いツールを利用したものが増加しており、組織の実態、中心人物や自分を勧誘した相手方の特定もできない等、被害回復が困難なケースが増えている。
従前から、金融商品取引業に該当する行為を無登録で行う金融商品取引法に違反するものや、実態が無限連鎖講の防止に関する法律に違反する金品配当組織であるようなものが、連鎖販売取引の手法を用いて被害を拡大させるケースも繰り返されている。
また、連鎖販売取引においては、特定利益の収受を目的として、一定期間にわたり、取引が継続することが想定されることから、連鎖販売取引業者においては、組織、責任者、連絡先等を明確化し、取引商品・役務の内容・価額、特定利益の仕組み、収支・資産の適正管理体制、トラブルを生じた場合の苦情処理体制や責任負担体制の明確化が求められる。
上記のような被害を防止し、連鎖販売業者における適切な体制整備を担保するため、事業者が行おうとする連鎖販売取引業の適法性、適正性等を行政庁が事前に審査する手続を経た場合にのみ取引を行うことができるものとする開業規制を新設すべきである。
イ 開業規制の内容
連鎖販売取引の開業規制を導入する際の法制度としては、登録や事前確認制度等により、集団投資スキーム等の金融商品取引業に該当する行為を無登録で行うといった金融商品取引法違反など取扱商品・役務の取引が違法であるおそれがあるときや、そもそも適正なリスク告知がなされることが想定困難で取引が適正に行われないおそれがあるときは登録等を拒否するものとして連鎖販売取引の適法性・適正性が確保されるような仕組みとすることが必要である。
ウ 開業規制の実効性確保
開業規制の実効性確保のため、開業規制に違反して連鎖販売取引を行った事業者は、刑事罰の対象とするとともに、当該取引の相手方は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。
⑵ 後出し型連鎖販売取引の適用対象への追加
特定商取引法における連鎖販売取引の要件は、「特定利益を収受し得ることをもって誘引し、特定負担を伴う取引をすること」と規定されている(同法第33条第1項)。しかし、近時、物品販売等の契約(以下「先行する契約」という。)を締結した後に、新規加入者を獲得することによって利益が得られる旨を告げてマルチ取引に誘い込む事例、つまり特定利益の収受に関する説明を後出しするマルチ取引(以下「後出しマルチ」という。)のトラブルが増えている。
後出しマルチでは、大学生等の若者に対し、投資に関する情報商材やセミナー、自動売買ソフト、副業のコンサルタントサポートなどの利益収受型の物品又は役務の契約が先行してなされることが多い。契約者は、容易に利益が得られるかのような勧誘によって、借入れをしてまで契約を締結したものの、勧誘時の説明と異なって利益が得られず、借入金の返済に窮した状態で、他の者を勧誘して契約を獲得すれば特定利益を得られると勧誘されてマルチ取引に参加し、十分な知識を有していないのに自らが陥れられたときと同様の説明をして新規契約者の勧誘をし、被害が拡大するという不当勧誘行為を連鎖させる構造にある。
そして、現在の特定商取引法第33条第1項では、特定利益を収受し得ることをもって誘引し、特定負担を伴う取引をすることが連鎖販売取引の要件とされていることから、後出しマルチを展開する事業者などは、特定負担の契約締結時に特定利益を収受し得ることを誘引行為として用いてないから特定商取引法の適用がないものと主張し、クーリング・オフによる解約に応じない事業者も存在している。よって、このような脱法的な後出しマルチを規制すべき必要がある。
以上の問題点に鑑み、特定商取引法第33条第1項を改正して、特定利益を収受し得る契約条件と特定負担を伴う契約を組み合わせた仕組みを設定している事業者が、連鎖販売取引に加入させることを目的としながら、特定負担に係る契約を締結することを明確に連鎖販売取引の一類型として整理し、同取引にかかる規制を及ぼす必要がある。
⑶ 不適合者に対する紹介利益提供の勧誘の禁止
適合性に欠ける相手方に対しては、連鎖販売取引の要件に該当する場合に限らず、新規契約者の獲得により紹介利益を収受し得ることをもって勧誘すること自体が不適正な勧誘行為に当たるものと言うべきである。
そこで、以下に掲げる契約類型においては、物品販売等の契約を締結する時点において特定利益収受の仕組みの設定や連鎖販売取引に加入させる目的を有しているか否か(連鎖販売取引の拡張類型に該当するか否か)にかかわらず、その者との間において、新規契約者を獲得することにより紹介利益が得られることを内容とする契約の勧誘や締結を禁止するべきである。
ア 先行する契約の相手方が22歳以下の者である場合
22歳以下の者は、成人であっても学生であったり、就労していてもその年数が浅いなど社会的経験が乏しく、これらの者のマルチ取引によるトラブルも多く発生している。そのため、かかる者との間のマルチ取引は適合性原則に違反するものであり、事後的な紹介利益提供の勧誘等も禁止すべきである。
イ 先行する契約の相手方が投資等の利益収受型の取引契約を締結した者である場合
既に述べたとおり、利益収受型取引の相手方に対して後出しで紹介利益の収受を勧誘することは、不当勧誘行為を連鎖させる構造にあり、不適正な勧誘が繰り返されていくことにつながるおそれが大きく、紹介利益提供の勧誘等は禁止すべきである。
ウ 先行する契約の相手方が当該契約の対価に係る債務(その支払いのための借入金、クレジット等の返済)を負担している者である場合
先行する物品販売等の契約に基づく債務を負担している者は、その支払いを行わなければならない状況にあるため、勧誘するにあたり、不実告知や断定的判断の提供、強引な勧誘をする等の不適正な販売方法を引き起こすおそれが大きいことから、かかる者に対する紹介利益提供の勧誘は禁止すべきである。
⑷ 連鎖販売取引における特定利益の計算方法等の説明義務の新設
連鎖販売取引は、これに加入することで当該加入者及び他の構成員の販売活動により利益を得ることを目的とした投資取引の一種であり、また、新規加入者が後続の加入者を順次勧誘するという特性から「必ず儲かる」等の不実告知や断定的判断の提供といった不当な勧誘が行われやすく、誤認による契約を招くおそれが大きい。
そこで、特定負担についての契約を締結しようとする連鎖販売を行う者には、その相手方に対し、①収受し得る特定利益の計算方法、②特定利益の全部又は一部が支払われないことになる場合があるときはその条件、③最近3事業年度において加入者が収受した特定利益(年収)の平均額及び中央値の額、④連鎖販売を行う者その他の者の業務又は財産状況や特定利益の支払の条件が満たされない場合等により、特定負担の額を超える特定利益を得られないおそれがある旨の説明を義務付けるべきである。
さらに、これらの概要書面及び契約書面への記載も義務付けるべきである。
⑸ 連鎖販売取引における業務・財務等の情報開示義務の新設
同様の理由から、①統括者がその連鎖販売業を開始した年月、②直近3事業年度における契約者数・解除者数・各事業年度末の連鎖販売加入者数、③直近3事業年度における連鎖販売契約についての商品又は権利の種類ごとの契約の件数・数量・金額、又は役務の種類ごとの件数・金額、④直近3事業年度において連鎖販売加入者が収受した特定利益(年収)の平均額及び中央値の額を概要書面及び契約書面に記載することを義務付けるとともに、統括者には、これらの事項並びにその連鎖販売業に係る直近の事業年度における業務及び財産の状況を連鎖販売加入者に開示することを義務付けるべきである。
以上
(送付先)
内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全) 河野太郎 殿
経済産業大臣 西村康稔 殿
消費者庁長官 新井ゆたか 殿
内閣府消費者委員会委員長 後藤巻則 殿