預託商法被害の防止のため法制度の見直しを求める意見書
第1 意見の趣旨
預託商法のうち,事業者による物品販売と販売業者またはその関連業者が収益の配当を約して当該物品の預託を受けることが一体的に行われている形態について,金融商品取引法(以下「金商法」という。)の「購入物品拠出型集団投資スキーム」に該当するものとして登録制及び行為規制の適用対象となることを明確にするよう,金商法及び関係法令を改正すべきである。
その上で,購入物品拠出型集団投資スキームについて,不招請勧誘禁止規制を導入すべきである。
第2 意見の理由
1 預託商法の問題点
⑴ 「預託商法」とは,消費者が,購入した商品を販売業者やその関連業者に預託して
運用を委託し,運用に基づく配当その他の経済的利益を受ける取引をいう。
その多くは,商品の引渡や所有権移転が著しく形骸化しており,実質的には投資取
引の性格が強い。消費者は,購入商品の現存やその運用実態も確認できないため,商
品や運用する事業が実際には存在せず,やがては業者が破綻し,元金も返還されない
事態が多発している。
⑵ ジャパンライフ株式会社(以下「ジャパンライフ」という。)による「レンタル
オーナー制度」は,顧客が購入した磁気治療機器商品等を同社に預託し,レンタル
ユーザーに賃貸して賃貸料が顧客に支払われるという典型的な預託商法であったとこ
ろ,2018年(平成30年)3月1日,債権者申立てにより破産手続開始決定がな
された。
報道等によれば,このジャパンライフによる預託商法の被害者は,全国で約7000人,
被害総額約2400億円とされている。被害金額では,2011年(平成23年)頃
の預託商法による安愚楽牧場事件の被害(被害者約7万人,約4207億円)に次ぐ
大規模消費者被害事件となっている。
また,安愚楽牧場事件の発生まで最大の消費者被害事件と言われてきた豊田商事事件
(被害者約3万人,被害総額約2000億円)も預託商法による被害事件であり,
預託商法という手法は,大規模な消費者被害を繰り返し発生させている。
また,直近の事例では,干し柿やヨーグルトなどの加工食品のオーナーになれば
その商品販売益から高い利息を支払うという謳い文句で出資者を募っていた株式会社
ケフィア事業振興会が,オーナーに対する利息・元金の返金ができなくなった結果,
2018年(平成30年)9月3日,破産手続が開始された事例も,預託商法による
被害である(被害者約3万人,被害総額は同時に破産した3社を含めて約1053億円)。
⑶ しかるに,現行の法制度は,次に述べるように,預託商法による消費者被害に対する
有効な抑止手段とはなっていない。
2 現行の法制度1 − 特定商品等の預託等取引契約に関する法律
⑴ 法律の内容
豊田商事事件を契機に,1986年(昭和61年),「特定商品等の預託等取引契約
に関する法律」が応急的に制定された。同法は,政令指定商品について,3か月以上
の期間にわたり,政令指定商品の預託及び当該預託に関し財産上の利益を供与すること
を約し,契約者(消費者)がこれに応じて当該商品を預託することを約する契約を
預託等取引契約とし,次の規制を定めている。
<1> 正確な情報提供(書面交付義務−第3条,業務・財務書類閲覧等−第6条)
<2> 契約離脱権(クーリング・オフ−第8条,中途解約権−第9条)
<3> 行為規制(不当行為の禁止−第5条)
また,行政規制として,報告徴収・立入検査権(第10条),業務停止命令・指示
処分(第7条)などがある。
⑵ 規制の不十分さ
しかし,これまで発生した預託商法の事件からもわかるように,現実の預託商法に
おいては,政令指定商品(貴金属,スポーツクラブ会員権,家畜等)に限られず,
健康食品,IP電話中継局,絵画,コンテナ,太陽光発電パネル,加工食品など,
多種多様な商品が次々と新たに出現しており,規制対象を政令指定商品のみに限定する
のでは不十分である。
また,業者の参入規制(登録制等)がないため,登録審査の段階で,出資法違反など
の問題点を把握することができない。主務省庁に対する定期的な報告義務等もないため,
財務基盤や業務実態の定期的なモニタリングを受けることがない。顧客としても,
利益配当が継続している間は事業者の営業実態に疑問を抱き財務書類を閲覧する動機
を持ちにくく,事業者の財務状況を調査し倒産リスク等を判断することが難しい。
そして,主務官庁による破産申立権の定めもないため,被害発生が判明してもその
拡大に歯止めをかけることができない。現にジャパンライフ事件において,消費者庁は
商品等が不足しているとして行政処分を繰り返しながらも,破産申立てがなされなかった
ため,漫然と事業が継続され被害がさらに拡大したという事実がある。
3 現行の法制度2 − 金商法
⑴ 法律の内容
金商法第2条第2項第5号は,「集団投資スキーム持分」を定義し,これを有価証券
とみなすと定める。
集団投資スキームとは,<1>契約形式を問わず,出資者から「金銭」または「金銭に
類するもの」(有価証券,手形,拠出した金銭の全部を充てて取得した物品)の出資・
拠出を受け,<2>その財産を用いて事業・投資を行い,<3>当該事業・投資から生じる収益
などを出資者に分配する仕組みをいう。
そして,この集団投資スキーム関する権利(集団スキーム持分)を有価証券として
みなすものとされている(金商法第2条第2項第5号,金商法施行令第1条の3)。
集団投資スキームには三つの類型がある。<1>金銭拠出型集団投資スキーム(出資を受けた
金銭を用いて各種事業を行うもの),<2>有価証券拠出型集団投資スキーム(金銭の代わりに
有価証券を拠出するもの),<3>購入物品拠出型集団投資スキーム(顧客が金銭を拠出し,
事業者が顧客のために対象物品を購入し,顧客が所有する対象物品を用いて事業を行い
配当する取引)である。
⑵ 規制の不十分さ
預託商法は,顧客が金銭を拠出し,事業者が顧客のために対象物品を購入し,顧客が
所有する対象物品を用いて事業を行い配当するものであるため,形式上は,上記三つ
の集団投資スキームのうち,<3>購入物品拠出型集団投資スキームに該当しうることとなる。
しかし,現行法上,購入物品拠出型集団投資スキームの対象物品としては,「競走用馬」
が定められている(金商法第二条に規定する定義に関する内閣府令第5条)のみで,
法令上,他の物品は対象とされていない。そのため,形式的に条文を解釈する限りに
おいては,競走用馬以外の物品を対象とする預託商法は,集団投資スキームの規制対象
に該当しないように見える。
解釈論としては,多くの預託商法において商品の特定性・実在性が希薄化している点を
理由に,顧客による物品の提供は,実質的には金銭出資と同視できるとして,金銭拠出型
集団投資スキームに該当すると判断することも可能とされるが,金融庁が,このような
実態判断を行って,登録段階で規制をかけることは,実際には困難である。
したがって,現状では,預託商法が集団投資スキームに該当するとして規制をかける
ことは困難である。
4 金商法を改正し,同法の規制・制度を活用すべきこと
⑴ 預託商法が集団投資スキームに該当することを明確にすべきである
預託商法は,実態として投資取引と異ならない状況にある。そのため,預託商法が
集団投資スキームに該当することを明確化し,投資者の保護を目的の一つとする金商法
の規制を及ぼすべきである。
ア 集団投資スキームに該当することを明確化するために必要な改正
金商法の集団投資スキーム持分の定義は,上記3⑴記載のとおり,<1>「金銭等の拠出」,
<2>「事業等の実施」,<3>「配当等の分配」の三つが要件とされているところ,預託商法
では,消費者が拠出するのは形式上金銭ではなく「物品」であり,かつ,事業者が行う
とされているのは当該物品の「預託を受けて行う」レンタル業その他の「事業」である。
したがって,上記定義のうち,<1>「金銭等の拠出」,<2>「事業」の各要件において,
預託商法が対象となる旨を疑いなく明確にするような法文の改正が必要となる。
イ 具体的な改正内容
(ア)金銭等の拠出
物品拠出型集団投資スキームにおける「金銭等の拠出」につき,金商法第2条
第2項第5号柱書を受けて金商法施行令第1条の3第4号がその内容を定める。
現行の法令では,顧客が出資又は拠出した金銭の全部を充てて取得した物品の
拠出が「金銭等の拠出」に当たるとされるが,この点は,顧客が出資又は拠出した
金銭の全部又は一部を充てて取得した物品の拠出を「金銭等の拠出」に当たると
規定すべきである。
また,具体的な物品については,内閣府令で定めるものに限るとされているが,
預託商法においては,上述のとおり,商品の引渡や所有権移転が著しく形骸化
しており,拠出される物品の種類を限定する理由はない。また,実際に大規模な
被害が出ている預託商法において物品の種類は多様である。
そのため,金商法第二条に規定する定義に関する内閣府令第5条は削除すべきである。
(イ)事業
金商法第2条第2項第5号柱書の「金銭(これに類するものとして政令で
定めるものも含む。)を充てて行う事業」の後に「(出資又は拠出をした金銭で
取得した財産の預託を受ける事業も含む。)」との文言を追加し,預託商法が
集団投資スキームの要件である「事業」に該当することを明確化すべきである。
⑵ 金商法の改正により預託商法被害を防止することが可能となる
上記のとおり金商法を改正し,預託商法について「購入物品拠出型集団投資スキーム」
として金商法が適用されることが明確化されることにより,以下の金商法による規制・
監督を及ぼすことが可能となり,ひいては預託商法による被害を防止することが可能となる。
<1> 登録制
集団投資スキーム持分の募集・売出しは,第二種金融商品取引業に該当する(金商法
第28条第2項第2号)ため,登録が必要(金商法第29条)とされており,登録時に
おいて登録審査が行われることとなる。これにより出資法に反するようなものは,
登録を認めないことも可能となる。無登録営業に対する罰則は5年以下の懲役及び
500万円以下の罰金であり(金商法第197条の2第10号の4),無登録で営業
したこと自体で摘発可能である。
<2> 行為規制
第二種金融商品取引業者には,顧客を保護するための各種行為規制が定められている。
その主なものは次のとおりである。
顧客に対する誠実義務(金商法第36条1項),契約締結前の書面の交付(同法
第37条の3),契約締結時等の書面の交付(同法第37条の4),断定的判断の
提供の禁止(同法第38条第2号),説明義務(同法第38条第6号,金融商品
取引業等に関する内閣府令第117条第1号),適合性原則(同法第40条),
分別管理が確保されていない場合の売買等の禁止(同法第40条の3),金銭の
流用が行われている場合の募集等の禁止(同法第40条の3の2)。
<3> 主務省庁による監督及び破産申立権限
第二種金融商品取引業者に対しては,主務省庁に以下の監督権限が整備されている。
事業年度毎の事業報告書の提出(同法第47条の2,金融商品取引業等に関する
内閣府令第182条1項),破産申立権限(金融機関等の更生手続の特例等に関する
法律第490条第1項)等。
5 さらなる規制の追加としての不招請勧誘禁止
不招請勧誘の禁止は,リスク耐性のない消費者が不用意に高いリスクの取引に晒される
機会そのものを制限するものであり,被害防止に最も効果的な勧誘規制である。
預託商法の実質は投資取引であり,リスク耐性に乏しい高齢者に被害が集中することが
多い上,大規模な被害を繰り返してきたことに鑑みればリスクの高い投資商品であるから,
不招請勧誘を禁止すべきである。
以上
2019年(平成31年)1月21日
岡山弁護士会
会長 安 田 寛