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給費制の存続を求める会長声明
2011.07.13
 現在,政府の「法曹の養成に関するフォーラム」において司法修習生の給費制の存廃問題が論議されている。
現在給費制に代わるものとして検討されている貸与制については?「違法の疑い」があり,?司法修習生に著しい困苦を強い,?若者の司法離れに拍車をかける ものであり,?信頼性の高い弁護士制度を国民のために整備し提供する国の責務についての自覚を忘れた提案であるから,当会は,これに強く反対するものであ る。
1,貸与制移行に違法の疑いありとする理由
 
(1)国家公務員に労働基準法は適用はない。(※1)司法修習生は国家公務員ではないが国家公務員に準じた立場とされ(※2),労働基本法が直ちに適用さ れることはないと考えられている。しかし,国家公務員といえども「憲法上の労働者」(※3)だから,最低民間並みの保障は与えなければならない。国家公務 員に労働基準法が適用されなくてよいとされるのは,一般的には国家公務員には民間より手厚い身分保障制度が提供されているからだとされる。司法修習生には これまでは給費制があったから労働基準法69条をわざわざ適用して保護する必要もなかっただけである。しかし,給費制をやめて無給(貸与制)にするとなる と話は別である。

(2)民間企業が新入社員に「新人研修の間の生活資金を無利子で貸してあげるから入社後1年間は無給で新人研修を受けて。」というようなことを言うと,労 働基準法第69条違反や24条違反ということで叱られることになる。労働基準法第69条は「使用者は,徒弟,見習,養成工その他名称の如何を問わず,技能 の習得を目的とする者であることを理由として,労働者を酷使してはならない。」という社会のルールであり,要するに「研修中」「見習」だからといって労働 の対価を与えずに労働させてはいけないということである。

(3)最高裁が修習生に修習専念義務を課し,アルバイトも禁止している以上,司法修習生を1年間も拘束し,その間に転勤まで求めながら,何らの給与も与え ないということになると,民間労働者についての労働基準法第69条の基準すら下回るような過酷な扱いをすることになるから,労働基準法69条に準じたルー ルに照らして違法とされる疑いがある。

(4)司法修習生は,学生と労働者との中間的な存在であり,単純にどちらと割りきることは困難だが,少なくとも労働者の一面を完全には否定できない以上 (検察官の不足を補う方法として修習生に公判立会の権限を与えることさえ検討されたことがある。※4),上のように考えるべきである。
このような考え方に対しては,司法修習生は学生の色彩が強いのであり,学生と見るならば奨学金のような貸与制でよいという反対もあるが,2つの理由からこの考え方はとれない。
1つめの理由は,昭和22年に司法修習制度ができた時の時代背景である。制度の設計者は,アメリカのロースクール制度を強く意識したはずである。ロース クールを出た者は弁護士登録が可能になり,弁護士としてキャリアを積んだ者の中から優れた者を判事や検事に登用するというシステムを意識しつつ,弁護士資 格を得させる時期を敢えて2年間遅らせて,そこに統一修習期間を置いたわけである。弁護士として収入を得る可能性を国の政策で2年間を奪うという側面があ る以上は,生活補償を与えることになるのは自然な判断だったのではないか。そして,このような自然な判断を今日修正する合理性はないのではないか。(※ 5)
2つめの理由は,修習生の修習専念義務が重く,アルバイトが禁止され,遠隔地への転勤が予測されていることなど時間的,場所的な拘束の程度が著しいことがあげられる。

(5)給費制を維持しつつ給費額を減額するような選択もありうるが,生活補償に必要な額,どの程度の修習専念義務を負わせることが必要か,生活資金の貸与との組み合わせなどを慎重に考慮すべきである。
(a)ドイツの例
ドイツ(ベルリン)では給費制(月10万円程度らしい)であるが,修習専念義務とはいいながら,週8時間まで副業が認めており,法律家的な副業(弁護士事 務所の手伝い等)については,週10時間まで許可されるということである。十分な生活補償はできないことについては,専念義務を緩和してバランスをとろう としているようにも見える。義務付けはそのままで貸与制に移行するといった議論はいかにも乱暴である。
(b)日本においては,修習専念義務は堅持されるべきである。
我が国においては,修習専念義務は堅持されるべきである。短縮された1年という修習期間はあまりにも短く,修習生が学ぶべき事はあまりにも多いのであっ て,アルバイトをしながらの片手間の修習で到底間に合わない。そうだとすれば,生活補償に十分な水準の給費制を維持するのが最善策であり,その限りでは生 活資金の貸与との組み合わせは不要である。
 
2,司法修習生に著しい困苦を強い,若者の司法離れに拍車をかけるものである。
 
(1)2010年(平成22年)の新司法試験の合格者(2074名)の平均年齢は29.07歳であり,法科大学院を卒業した者である。既婚者も少なくない。既に実社会で活躍した人材も含まれている。

(2)「300万円貸してあげるから,それで修習の1年間を生活してください。貸した資金は5年据え置きで10年かけて返してくれたらいいから」という貸 与制はしょせん借金でしかない。修習専念義務を課せられるため1年間「無職」の借金生活者になることを余儀なくされ,実務修習地次第では遠隔地への転勤 (場合によっては単身赴任)を強いられる司法修習生への補償が「貸与制」という名の借金だけというのはあまりに過酷である。4年制大学卒業後,最低2年 (多くの者は3年)以上法科大学院で勉学してきた修習生は平均で300万円,多い人は1200万円もの奨学金債務を抱えている。それでも数年前までは法曹 資格を得て法律事務所に就職すればこういった借金も返せたであろう。しかし,現在は弁護士激増のあおりで一括登録時点で就職先がないため立ちすくんでしま う者(登録未了者)が1割以上出ており,しかも登録している者の中にも「軒弁(※5)」「即独(※6)」と呼ばれる「イソ弁(※7)」以外の態様の者がお り,彼らが十分な収入を得ていけるとは考えにくい。加えて,就職ができた者が手にできる「イソ弁」の給料額も一部で暴落している。こういった中から奨学金 等の借金の返済に困難をきたす者が少なからず出る可能性がある。苦労して法曹資格を得てもちっとも報われないという残酷話である。

(3)多くの才能と情熱ある修習生が就職難に苦しんでいる。司法試験の合格者はずっと年500人くらいのペースであったのが,年2000人程度に増加した 結果であり,彼らの怠慢のせいにすることは適切ではない。司法修習生の就職難をもたらした弁護士人口の激増は,修習生を雇って教育する側の既存弁護士の経 営基盤の弱体化をもたらしており,それが修習生の就職難をさらに悪化させるという悪循環に陥っている。その結果,法科大学院の志願者も減っている。優秀な 若者が法曹に大きな夢を抱いてどんどん集まってくるという状況ではない。法曹人口の増加によって,競争を生み出し,競争によって安価で良質な法的サービス が供給されるという目論見が外れたのは明らかである。弁護士という職業の魅力自体が揺らいでおり,競争参加者が減少することで,適正な競争を成り立たせる 条件自体が失われつつある。給費制廃止は,法曹志願者の減少にますます拍車をかけ,法曹養成制度の危機をさらに深刻化させる愚行である。
 
3,信頼性の高い弁護士制度を国民のために整備し提供する国の責務
 
(1)司法修習制度を国費で行うのは,実務経験を積ませ,社会正義と人権の守り手に鍛え上げるための最終過程だからである。
弁護士が特別偉いわけでも何でもないが,ただ弁護士は社会とその構成員を社会生活上のリスクから守るための実力装置として訓練され社会の中に配置される存 在である。同じく国民をリスクから守るための基本的なインフラとしては医師,自衛官,警察などがあるが,このような安全のための基本的なインフラについて は国(警察については地方自治体)が整備して国民に提供してきた。
弁護士制度については国が責任をもって整備しなくても大丈夫な状況が生まれたのかというとそのような状況にはなっていない。それどころか,複雑化する社会 の中で,その必要は増大している。社会の仕組みから事前規制の仕掛けが解除され,事後規制の社会に舵を切る一連の政策変更があったことによって,国民が新 種の社会リスクによるトラブルに巻き込まれる危険が増すことが確実に予測され,これへの対処も弁護士増員の理由のひとつであった。一方で,国民のリスクの 増大が予測される重大な政策変更をし,その手当てとして弁護士大増員を決めておきながら,他方で法曹養成制度を支えていた給費制を切り捨てることは,国民 の安全を守るという基準に照らすと正反対のことをやろうとしているようにも見える。「司法試験合格者を大増員すると司法修習にかかる費用が増大して負担が 大変だから,給費制はもう止めよう」という話はかなり短絡的であり,大きな司法を目指す本来の司法制度改革の理念とも文脈が違う議論のようである。また, 少なくとも自然界では環境がよくなって餌が増えたときに,動物は大増殖するのが摂理であり,環境が悪いときに何かの間違いで大増殖をした種は大飢餓に陥る のである。残念ながら我が弁護士業界は長期の不況の最中に大増殖のスイッチを入れるとどういうことになるかを身をもって実験しつつある。そして,飢餓の影 響をまともに受けているのが我々の卵であり雛鳥たちである。今給費制を打ち切ることは,正義感に溢れ才能豊かな若者たちを大虐殺するような愚行であると考 える。

(2)我々が住むこの社会は,社会的なトラブル(犯罪,インチキ商法,投機的取引,多重債務などなど)に遭遇するリスクにあふれている。そして,飽くなき 人間の欲望は次から次に新種のリスクを生み出していき,インターネットなどによって瞬く間に社会に蔓延し甚大な被害を発生させることも多くなっている。新 たな社会リスクにもっとも敏感に感知して動くのが弁護士であり,リスクへの応急処置をしながら,場合によっては立法・行政を動かしてリスクを押さえ込もう という働きをすることを期待されている。サラ金地獄,豊田商事事件,霊感商法,オウム真理教事件など激甚な社会リスクが発生した際に弁護士が果たした役割 を想起されたい。弁護士がそのような役割をごく自然に果たせるのは,その弁護士の資質や考え方もあろうが,実は司法修習時代に植え付けられた使命感に従っ て行動している部分も少なからずある。
 
4,大震災と給費制維持
 
(1)今回の大震災にあたり,日弁連は二重ローン解消などを強く提唱している。また,各地から弁護士が被災地に集まって,被災地の弁護士と共に懸命に法律相談活動を展開している。

(2)未曾有の大震災と原発被害によって発生した強烈な衝撃波は,これを放置すれば被災地に深刻な企業倒産,多重債務被害,家庭崩壊など連鎖的に引き起こ し,被災地を食い物にしようとする犯罪者,悪徳業者までがからんで,惨劇の第二幕が開いてしまう。これを何とか食い止める闘いが続いている。東北地方に は,冷害など天災の度に多数の餓死者等を発生させた悲しい歴史がある。そういった悲劇だけはなんとしても防がなければならない。医師が疫病の蔓延による悲 劇を防ごうと活動しているのと同じように,弁護士も悲劇の拡大を食い止めるための活動をしなければならない。

(3)大震災が今後日本各地に派生させる様々な社会病理の激増を予見してこれに対処する弁護士の活動が必要な時に,「震災被害と財政難の中,税金を投入す るための国民の理解が得られない。」といった理由で給費制廃止の議論をしなければならないのは何とも情けないことである。

(4)こういう時にこそ,昭和22年に司法修習制度ができてから永々と給費制を維持して築き上げてきた弁護士制度が社会のためにどのように機能してきたかを検証されてしかるべきである。

(5)私たちの岡山弁護士会からも遠く離れた東北の被災地に相談員を送る計画があり,47人が志願して待機している。弁護士は自分達を大切に育んでくれた社会のことを決して忘れないのである。

(6)司法修習制度が始まったのは,昭和22年のことと聞いている。焦土と化した我が国をこれから復興していこうとした時,先人は,弁護士制度を含む司法 を再構築する必要性を重視して乏しい国家財政にもかかわらず,給費制で司法修習制度を創設した。今回の大震災は,多くの国民の幸福を破壊し,しかも今なお その破壊は進行中である。
司法修習生の給費制を維持するかどうかについて世論に配慮することももちろん必要だろう。しかし,国民の安全を守るための基本的インフラを整備して提供する国の責務について国の見識と断固たる意思を示すべきである。
 
5,他の制度との比較〜医師臨床研修制度の場合
 
(1)医師臨床研修制度
(a)国が研修に国庫支出をする制度はいくつかあるが,その中でも医師臨床研修制度(但し,国から直接研修医に支給されるのではなく,研修先医療機関に対 し,研修医に対して研修を実施し,給与を支給するために補助金が支給されている。)を取り上げて比較してみたい。(※8)
(b)研修医は既に医師なのであり法曹の卵にすぎない修習生と同列に論じることは慎重にしなければならないが,研修医が既に医師だからといって,「研修制 度を修了した医師」という個人資格を取得するための給料を国庫から出せるということには直ちにならないから,研修医と司法修習生を比較する有用性は失われ ない。なお,有給の研修医制度を構築する際には既に古くからあった司法修習制度も参考にされたようである。
(c)医師の場合は,国家試験合格後2年間研修医として臨床を体験することが
必要とされており,現在は月30万円程度の給与を得ながら研修医として勤務することになる。この勤務医の給与の原資は国庫から支出されている。研修医は, 臨床研修専念義務(医師法16条の3)を負う。2004年(平成16年)までは,研修医は無給であり,当直医などのアルバイトをして生計を立てる者が多 かったが,医師臨床研修制度が見直され,研修専念義務が新設されるとともに有給となった。(なお,「研修医の身分の安定及び労働条件の向上に努めること」 などを求めた平成12月11月の第150回国会参議院国民福祉委員会附帯決議が参考になる。また「新医師臨床研修の基本3原則」という中に「アルバイトせ ずに研修に専念できる環境を整備」という項目がある。)

(2)制度の比較
(a)医師制度も弁護士制度も,国民にとって基本的な社会インフラであるがゆえに,国家がその制度の整備に直接に責任を持ってきた。
(b)「アルバイトせずに研修に専念できる環境を整備」していこうという新医師臨床研修と比較しても,司法修習の貸与制は,あまりにも劣悪な扱いであり,国の制度として整合性があるかも疑問である。
(c)司法修習制度の制度が作られたのは,法曹資格を付与する前に一定の実務修習・臨床経験を積ませることが不可欠と考えられたからである。研修医の場合も臨床経験を積ませようという制度の目的は共通である。
研修医制度ができる以前は,インターン制度だったが,インターン生は国家試験前の学生でありインターンが国家試験の受験要件とされた。インターン制度は廃 止され,無給の研修医制度に代わり,それが平成16年から有給の研修医制度に変わった。ここに臨床体験を積ませるための研修制度であっても無給ではいけな いという理解の深化が見てとれる。
有給の研修医制度はできてからまだ日が浅い制度であるが,大震災だからこれを無給に戻すべきだという議論も聞かない。
 
6,結語
 
当会は,貸与制については,以上述べたとおり,?「違法の疑い」があり,?司法修習生に著しい困苦を強い,?若者の司法離れに拍車をかけるものであり,? 信頼性の高い弁護士制度を国民のために整備し提供する国の責務についての自覚を忘れた提案と考えるから,給費制の存続を強く求めるものである。
 

 2011(平成23)年7月13日

岡山弁護士会
会長  的  場  真  介

 

 

脚注
※1 国家公務員法附則16条は,「労働組合法,労働関係調整法,労働基 準法,船員法,最低賃金法,じん肺法,労働安全衛生法及び船員災害防止活動の促進に関する法律並びにこれらに基づいて発せられる命令は,第2条の一般職に 属する職員には,これを適用しない。」と定めているので,国家公務員に労働基準法の適用はない。しかし,司法修習生については,国家公務員ではないのだか ら,労働基準法の適用を否定する明確な根拠はない。
※2 最高裁のホームページでは,「司法修習生は,国家公務員ではありませんが,これに準じた身分にあるものとして取り扱われ,国から一定額の給与が支給されます(裁判所法第67条第2項)」と説明されている。
裁判所法第67条第2項は,「司法修習生は,その修習期間中,国庫から一
定額の給与を受ける。」と規定するだけである。
※3 全農林警職法事件・最大判昭和48年4月25日刑集27巻4号547頁
※4 昭和23年03月29日の衆議院司法委員会における佐藤政府委員の発言
検察庁の人手不足対策に関して,「司法修習生が区檢察廳の立会をなすこと
ができるようにするとか,あるいは地方檢察廳の立会までもできるようにしたらどうか,というような意見もありますので,その点については,目下研究をいたしておる次第であります。」
このような政府委員の発言は司法修習生が純粋な学生とは異質な存在であったことを示している。
※5 「司法修習生=非法曹=学生」→「学生=無給」→「奨学金=貸与制で十分」という推論は,元々「司法修習生=非法曹」である必然性がない(「司法修習生=非法曹」はある法曹養成政策を選択した結果でしかない。)ことを見落としている。
司法修習生の「統一修習」は,法曹一元的な色彩を持つ一方で,経験を積んだ弁護士の中から判事・検事を登用するシステムを忌避するための妥協として生まれ た制度という見方もあるが,法曹の質を高めるうえでは優れた制度であった。しかし,給費制の存廃が再検討されている時期なのであるから,キャリアを積んだ 弁護士の中から判事・検事を登用する法曹一元システムを本格的に導入することをあらためて正面から議論し直されてよいのではないか。
※6 「軒先を借りる弁護士」の意。「ノキ弁」とも書く。既存の法律事務所の一部を借りて机と電話を置き,営業を始める新米弁護士。給料は出ない。
※7 新規登録と同時に独立開業する弁護士。
※8 弁護士事務所に勤めている弁護士のこと。弁護士事務所に居候している弁護士なので「イソ弁」という説などがある。
※9 研修医制度については,厚生労働省 医師臨床研修制度のホームページを主に参考にした。http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/rinsyo/

 

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