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交通基本法案意見書
2011.01.12

I はじめに
1 現在、政府において「交通基本法案」(以下「法案」という)の立案作業が進行中であり、近く成案を得て国会に提出し成立を期すとのことである。
当岡山弁護士会は、国民の「移動の権利」を実質的に保障し、持続可能な社会を形成するうえで、公共交通ほかの交通手段の均衡のとれた発展が不可欠であることに深く思いをいたし、数年来にわたり、公共交通を中心とする交通政策の研究を行ってきた。そしてこれまでに、1.平成21年3月30日、「公共交通に関する意見書」を発表して、国及び地方公共団体に公共交通の充実のための支援の拡充を求め、2.同年10月9日開催された中国地方弁護士大会に同趣旨の「公共交通の充実を求める議題」を提出して可決された。このような経験をもとに、立案作業中の法案について当会としての意見を述べることは、人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士会の存在意義に適う所以である。
2 現在立案中の法律案の具体的内容は明らかにされていないが、国土交通省が公表している内容に徴すれば、民主党・社会民主党が2006年に国会に提出した「交通基本法案」(以下「両党案」という)に沿ったものと考えられる。両党案は、「移動に関する権利」が憲法の保障する人権であることをうたい、国・地方公共団体等の交通に関する基本理念に係る責務を定め、交通に関する施策を総合的・計画的に推進するべきことを定めたものであったので、この方向に沿った「交通基本法」が制定されることは、わが国における移動に関する権利の保障と持続可能な社会の実現のために歓迎すべきものである。
3 なお、昨年12月24日開催された国土交通省の交通政策審議会・社会資本整備審議会の「交通基本法案検討小委員会」において配布された「交通基本法案の立案における基本的な論点について(案)」(以下「論点案」という)は、交通基本法案中に「移動に関する権利」について規定することを時期尚早としている。しかるに、「論点案」に記述されている「法制論」「行政論」「社会的実態論」の各見地からの「見送り」の根拠は、法案中での「移動に関する権利」の保障を否定するには、いずれも非常に不十分である。「論点案」のこのような姿勢は、交通基本法の制定のもつ意義を大きく損なうものなので、非常に不適切である。両党案どおり、法案に「移動に関する権利」を明記する方針に立ち戻るべきである。
4 政府が交通基本法の制定を期していることは高く評価することができる。しかしながら、前記の両党案は、いまだ改善する必要のある問題点を多数残していた。このたび立案中の法案の具体的内容はいまだ明らかにされていないので、以下においては両党案をもとに、今次の法案の立案にあたって改善すべきと考えられる諸点を、条文の順に従って指摘する。
     
II 法案の基本姿勢等について
1 両党案は、「交通」「交通施設」「輸送サービス」「交通に関する施策」について述べているけれども、「どのような交通(交通施設、輸送サービス)」であるかについては、具体的に述べるところがほとんどなく、表現の多くが非常に抽象的である。 法案は、現代のわが国の交通の現実(法制的及び財政的な問題点を含め)についての認識を前提にして立案されるのだから、その認識内容と、わが国の交通が今後進むべき方向についての一定の方向づけを、明確にすべきである。
法案は、現代のわが国の交通の現実(法制的及び財政的な問題点を含め)についての認識を前提にして立案されるのだから、その認識内容と、わが国の交通が今後進むべき方向についての一定の方向づけを、明確にすべきである。
2 両党案が示す新施策は、どれもその具体的内容が明らかでない。
両党案が示す新施策は、結局のところ、1.国が交通基本計画を策定すること、2.都道府県や市町村がこれに沿った形で交通計画を策定すること、にほとんど限られていると言ってよい。これらは言うならば「器」であり、その「器」にどのような具体的施策が盛り込まれるのかについて、法案はほとんど何も保障していないように見える。これでは法が制定されても、実効性がはなはだ心もとない。両党案の表現のままでは、これに基づいて「交通権を保障するために全国津々浦々に高速道路網を建設する」ことも可能ではないかとさえ懸念される。
われわれが経験的事実として知るところでは、法は、法となったその瞬間から、制定経緯等にかかわらず、その文言に基づいて独り歩きを始めがちである。法案の策定にあたっては、そのことにより注意を払って、法案が目標とするところを国民に対しより明確に示すべきである。
3 従って、法案は、
i 現代日本の交通及び交通施策の現状(法制的及び財政的問題点を含む)についての明確な認識をまず示し、
ii その現状認識を前提として、日本の交通及び交通施策をどう変えてゆこうとするのかを示し、
iii その目的のために、国ほかの当事者が具体的にどのような責務を負うのか、施策を行うのかを、明確に示すべきである。
4 しかしながら、現実の問題として、法の個別の条項に上記のような趣旨を盛り込むことには技術的困難がある。
従って、この問題を解決するために、法案に「前文」を設け、その前文において以下の趣旨を明らかにすることを提案する。
i 第二次大戦後、わが国では自動車が急速に普及し、道路交通に重点をおいた法制的・財政的措置とあいまって、道路交通が飛躍的に発展したこと。この道路交通の発達は、戦後のわが国の経済成長を支える重要な基盤になったものであり、その意義は大きいこと。
ii しかしながらその一方で、道路交通、とりわけ自家用車交通への過度の依存が発生し、交通手段全般の面で少なからぬ歪みを生じたこと。公共交通機関は大都市以外の地域で長期的な不振に陥り、その結果として、過疎地域住民や自動車を利用できない人たちは、交通手段利用の面で少なからぬ不利益を被り、地域社会の持続可能性の不安さえ生じていること。また、自動車が排出する環境汚染物質の増加により、地域住民の健康被害や、地球環境規模での温暖化ガス問題が顕在化したこと。交通事故の増加、とりわけ歩行者などの交通弱者が被る被害も看過できないこと。これらの歪みとその弊害は、地域(大都市・地方都市・過疎地域)によって問題の状況が異なること、及び地方公共団体の多くが自力で問題を解決するに足る財政的基盤を持たないことにより、今日まで拡大し、かつその解決が遷延されてきたこと。
iii 何人も、憲法第13条、22条、25条等に基づき、移動の自由を有し、かつ健康で文化的な最低限度の生活を営むために必要な移動を保障されるべき権利を有していること。このような憲法に由来する権利を保障し、かつ地球環境を保全し、社会福祉を向上させ、持続可能な社会を維持するために、すべての交通手段が有機的に結合され、均衡のとれた総合的交通体系を再構築することが、いまや公に課せられた責務であること。
iv 交通体系の再構築は、元来、国だけで行える性質のものではないこと。地域の交通体系を再構築する責に任ずるべき「公」は地方公共団体であり、公共交通を現実に運営するのは事業者であり、これと協力しあって地域の交通体系を支えるのは地域住民であること。地域の交通体系の再構築は、地方公共団体・事業者・地域住民の相互の協力によって初めて可能となること。国の責務は、地域の交通体系の再構築を可能かつ円滑ならしめるべく、基本的方針を提示し、法的及び財政的制度を整備し、必要な財政的援助を行うことにあること。
v 以上のとおりの基本的認識に立ち、国が行うべき施策の基本的方針を明示し、国・地方公共団体等の責務を明らかにするために、この法律を制定するものであること。

III 総則の規定について
1 第2条について
両党案は第2条第1項において「すべて国民は」とし、第2項において「何人も」としている。これは、自由権と社会権では権利主体が異なるという偏狭で時代遅れの考え方によるものである。第1項・第2項とも、「何人も」とすべきである。
2 第6、7条について
両党案の第3条から第7条までの条文には、両党案において実現しようとしている理念が記載されている。しかるに、第6,7条に記載されている「大規模災害時における交通の確保」「国際交通機関等の整備」の各要請は、第3条から第5条までに記載されている「安全で円滑で快適な交通施設等の整備」「交通体系の総合的整備」「交通による環境への負荷の低減」の要請と比して、同列に置かれるべき要請とは考えられない。また、「交通安全の確保」という同様に重要な要請についての記述がないことは問題である。
従って、第6条と第7条を一本化し「交通安全」についての要請を付加して、第3条ないし5条に定める要請に基づく施策を行うにあたっては、『交通安全の確保』『大規模災害時における交通の確保』『国際交通機関等の整備』に十分に留意するべき旨を定めるべきである。
3 第8条について
国等の責務の規定の前提となるべき、1.現代日本の交通及び交通施策の現状(法制的及び財政的問題点を含む)に関する認識、2.新しい交通及び交通施策の方向づけ、について、法案に前文を設けて記述すべきことは、すでに述べた。これらの記述を受けて、国等の責務の規定自体を改めるべきである。
第1項においては、国の責務が、地方公共団体等に協力して、地域の交通体系の再構築を可能かつ円滑ならしめるべく、基本的方針を提示し、法的及び財政的制度を整備し、必要な財政的援助を行うことにある旨を明らかにすべきである。
第2項は、国が交通施策を策定実施するにあたって「国民の参加を積極的に求めなければならない」とのみしている。しかるに、国民の参加を実質的に確保するためには、この表現だけでは不十分なので、「国民の参加を積極的に求めるための措置を講じなくてはならない」ものとすべきである。
また、大都市域と地方とでは交通の実情が全く異なることにかんがみ、単に国民の参加を求める措置を講ずるだけではなく、その際に地域的特性に配慮するべきことを明らかにすべきである。
第3項は、国が地方公共団体に対し「権限の移譲」「国の関与の縮減」の施策を行うべきことのみを定めている。しかるに地方公共団体の財政基盤のぜい弱さを考慮すると、地方公共団体は国から権限を移譲され関与を縮減されただけでは所要の交通施策を実施することができないことは明白であり、この規定のみでは国の責務を果たすには足りない。そこで、新たに第4項を設けて、国が地方公共団体に対して所要財源の移譲を行うべきこと、さらに必要があれば財政的支援の措置を行うべきことを明らかにすべきである。
また、地域の交通体系の再構築についての課題は、地域の特性(大都市・地方都市・過疎地域)によって甚だしく異なっている。国の施策がこれらの地域特性に良く対応するものとなることを保障するために、新たに第5項を設けて、国の施策の立案・決定について、これらの地域特性の差を十分に考慮しなければならない旨の定めを設けるべきである。
4 第9条について
前項の第8条第2項についての意見と同様の理由により、地方公共団体は交通施策を策定実施するにあたって、「住民の参加を積極的に求めるための措置を講じなければならない」ものとすべきである。
また、後記IV2の点にかんがみて、地方公共団体は、施策の策定実施にあたって関係の他の地方公共団体と連携すべきことを明らかにすべきである。
5 第10条・11条について
両条は、事業者と国民の責務を定めているが、事業者も国民も国・地方公共団体の施策に協力するだけのものとしてしか位置づけられていない。国民が交通権の主体であること、これを現実化する公共交通機関の運営者は事業者であることを考えれば、このような規定は問題である。交通施策は国民・事業者が国・地方公共団体と対等の立場で推進運営すべきものであることを明らかにすべきである。
6 第12条について
同条は、政府が交通施策を実施するために必要な法制上又は財政上の措置を講じなければならないものとしている。地域の交通についての施策を行うのが地方公共団体になるだろうことを考えると、この規定では十分ではない。国自らの施策に限定せず、国が、地方公共団体が交通施策を実施するため必要な法制上、財政上の措置をも行うべきことを明らかにすべきである。
7 第13条について
同条により政府が毎年提出すべき施策と報告には、可能な限り数値目標とその達成状況を明示すべきことを明らかにすべきである。
     
IV 交通計画の規定について
1 第14〜16条について
両党案第14〜16条によれば、まず国が定める交通基本計画があり、地方公共団体はこれに従って交通計画を定めるものとされている。しかし、地域の交通についての施策を行うのが地方公共団体になるであろうことを考えると、この国と地方公共団体の立場についての規定は再考すべきである。
現実に地域の交通施策を行うのは地方公共団体であり、かつ現実の交通施策は地域を離れては考えられない。従って法案では、地域の交通施策を担って行うのが地方公共団体であること、国の役割は国家規模の総合的交通体系を立案するとともに具体的な地方公共団体の施策を支援することであることを、改めて明らかにすべきである。
2 第15、16条について
地域の交通、及びその問題点は、行政上の地方公共団体の枠に制約されない性質のものだから、地域の具体的交通施策は地方公共団体の枠に限定されるのではなく、地域交通の状況によって作成推進されなければならない。
従って、両党案第15、16条が、交通計画の主体を都道府県や市町村という地方公共団体、それも単独の地方公共団体に限定するのは問題がある。
法案には、1.地域の交通とその問題点が地方公共団体の枠に制約されない性質のものであること、2.従って地域の具体的交通施策は地方公共団体の枠に限定されず地域交通の状況によって作成実施されなければならないこと、3.数個の地方公共団体が「交通連合」(仮称)を結成して共同で交通施策を作成実施するのが望ましいこと、を明らかにするとともに、4.そのための法制的な基本枠組みについて定め、5.結成された「交通連合」に対して交通計画の策定を義務づけるべきである。
     
V 交通に関する基本施策の規定について
1 第17条について
両党案は、第17条において、国が、「交通条件に恵まれない地域の住民が日常生活及び社会生活を営むに当たり安全で円滑で快適に移動することができるようにする」ために、「当該地域における交通施設の整備の促進及び輸送サービスの提供の確保その他必要な措置を講ずる」ものとしている。
このような地域の地方公共団体は、とりわけその財政力がぜい弱であろうことを考えると、国の行う措置に関する上記の規定では十分ではない。
国が、1.当該地域の地方公共団体の財政力には限界があることに十分に配慮すべきこと、2.当該地域の地方公共団体が当該目的にかかる交通施策を実施するため必要な法制上、財政上の措置を行うべきこと、を明らかにすべきである。
2 第21条について
法案は、第21条において、国が、「交通に係る投資の重点化を図り、総合的な交通体系の整備を効果的かつ効率的に行う」ため、「真に必要性がある交通施設の重点的な整備の促進その他必要な措置を講ずる」ものとしている。
この条文の趣旨とするところは理解できるけれども、法文が非常に抽象的であるため、法制定後において、採算性の乏しい公共交通機関の停廃を推進する根拠として用いられる恐れがある。
これを防止するため、別条を設けて、本章に定める措置が、前文及び総則の趣旨に沿ったものでなければならず、採算性の乏しい公共交通機関の停廃を正当化するために用いられてはならないことを明らかにすべきである。
3 第26条について
II〜IVで述べた、地方公共団体の役割についての認識に基づき、本条において、地方公共団体の施策の目的が、前文及び総則の趣旨に沿って、国の協力のもとに地域の交通体系を再構築するためのものである旨を明らかににすべきである。
     
VI おわりに
はじめに述べたとおり、交通基本法の制定は、わが国における移動に関する権利の保障と持続可能な社会の実現という観点から画期的なものであり、当会としても政府の交通基本法制定の方針に強く賛成するものである。
しかし、せっかく交通基本法を制定する以上は、それを内容的にできる限り優れたものとし、交通基本法がめざす基本理念の実現を確かなものにするものが強く望まれる。当会の意見がささやかなりともその一助になることを、念じてやまない。

 以上

 2011(平成23)年1月12日
岡山弁護士会
会 長    河 村 英 紀

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